Lily "性暴力の加害者となった君よ、..." 2025年11月28日

Lily
Lily
@balaton_24
2025年11月28日
性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うなかれ
「なぜ私が被害に遭わなければいけなかったのか」「なぜ性暴力だったのか」 性暴力に遭うということは、自分を木っ端微塵にされるような経験だと、にのみやさんはいう。被害にあった後も苦しみは続き、人生は一変した。 被害者は加害者のことを忘れたくても忘れられない一方、加害者にとって被害者とは、記憶に残らない大勢の中の1人という場合が多い。 加害者と被害者の往復書簡のやり取りには、読んでいて辛いものも、強い怒りを感じるものもあるが、多くの文章は、それぞれが自分の深いところまで潜って考えて考えて書いたものだと伝わってくるもので、誤魔化しや優等生を目指すことが許されない「本気」のものだ。 その力に巻き込まれるように、記憶を掘り起こし、自分の気持ちを確かめながら読んだ。 あぁ、読んでよかった。 「許せない」「許す」「許される」ことってどういうことなのか、最近ずっと考えていた。タイトルを目にして、「これは読まないと」と思いすぐに借りた。 この本を読むことは、自分の中の気持ちと向き合うことでもあった。 性暴力の被害者と加害者は、相反する存在でありながら、両者の抱える葛藤や苦しみには共通する部分もあるということが、印象的だった。 にのみやさんの文章にも、プログラムの参加者の方の文章にも、自分では気づけなかった視点に気づかせてもらえた。 P.229の参加者からにのみやさんへの手紙は特に衝撃で、印象的だった。 それから、p.212の斉藤さんの「赦す、赦さないを決めることができるのは、被害を受けたその人だけです。」という言葉にも救われる思いだった。 読んで言葉を失った、強い怒りを感じざるを得ない部分もあり、でも、それも含めて読めてよかったと思う。
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