蛸足配線 "AはアセクシュアルのA 「恋..." 2025年12月1日

蛸足配線
@nekoai30
2025年12月1日
AはアセクシュアルのA 「恋愛」から遠く離れて
・(異性との)恋愛や性行為、そして結婚・出産・子育ては、権利というよりは義務であり、一部の「LGBT」だけが、仕方のない事情があるとしてそれを免除されている、という考え方が支配的だからなのではないか(P158) ・多数派的な生き方ができる人びとは、個人の幸福と社会制度によって課せられる義務が真っ向から対立する経験をあまりしてきておらず、それゆえに幸福と義務の区別がついていないのかもしれない、と思う。社会制度は、制度の存続のために都合の良い生き方を人びとに義務として課しながら、それを個人が自身の意思で選び取ったかのように思い込ませるから。(P160)  社会が規定する「幸福」に、私の志向する在り方は明らかに反している。それを踏まえた上で「義務」として社会の定める「幸福」を追求すべきなのではないか、それが成熟した大人の姿勢ではないかと考えることが多々ある。他者に対して自身を犠牲にして「義務」を果たしてほしいとは思わない。あくまで自分が自分に対して思うことだ。  幸か不幸かその「義務」は果たせていない。きっとこの先も未遂のままだろう。自己決定の結果のようでいて、実はどうしようもなく始めから決まっていたことのようにも思える。理性で動かせないその場所にきっと自分の核がある。どんな批判や軽蔑、憐憫にも突き崩せなかった芯の部分。むしろ完膚なきまでに叩きのめされ壊れてしまえばよかったかもしれないが、そうはならなかった。  少数派の経験する苦しみは、少数派であることが原因で生じたものではなく、少数派に無理解な社会が引き起こしたものだと言い切る著者の姿勢は美しい。その美を身に纏うことは難しいが、せめて誰にも見せない心の底に、大事に包み隠して仕舞っておきたい。
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