
おみかん
@omikan
1900年1月1日
暇と退屈の倫理学
國分功一郎
読み終わった
難しかった、長かった、でも読んで良かった。
ものすごく本質的で目から鱗が落ちた。
以下メモ。あとで整理しよう。
***
ルソー
本来性なき疎外
ハイデガー
人間はいつもなんらかの気分のなかにある
私たちの根本的な気分とは?
私たちは自分に役割を与えないではいられない
それくらい軽い存在になってしまったのでは?
わざわざ自分たちの役割を探さないといけないとは
自分に大きなあくびを吹きかけているようなもの
これこそは私がなすべきことだというものを探している
自分を自分に関心がもてるようにしている
なぜ?
自分たちが自分たちにとって退屈な存在になってるのでは?
ある種の深い退屈が霧のように去来している
周囲を覆い尽くしている
私たちは退屈の中で哲学するしかないのだ
暇ではないが、退屈している?
ファイトクラブ
退屈を払いのけるはずのものが退屈を招いている
ハイデガーのパーティの事例
盲導犬は環世界を人間用に移動させた
人間は環世界間移動能力を持つ
決断の奴隷
第一形式の退屈と第三形式の退屈はそっくり
取り払われる


