暇と退屈の倫理学
430件の記録
monami@kiroku_library2026年2月24日読み始めた『嫌われる勇気』を読んで目的論に違和感を覚えたので、『目的への抵抗』を読もうと思ったが、こっちを先に読んだ方が良さそうだったので。 満を持して。 どうやら、人生は成果より過程が本質であるというのは本当らしいぞと、ようやく信じれてきた。


- たかの@takano_2026年2月23日読み終わったちょうど一年前に読んで、改めてもう一度読み直した。 世界を面白がって生きながら、時々で熱中できることに魂を捧げる。そんな風に退屈と付き合っていけたら。


- 🐊🍍@taretoki-boshi2026年2月15日かつて読んだ『人間は退屈に耐えられないから気晴らしを求めているに過ぎないというのに、自分が追い求めるものの中に本当に幸福があると思い込んでいる。』


miran@miran2026年2月15日読み終わったかつて読んだ人間は退屈する生き物である。 生きることはつらい。ただ、生活していると、細やかな幸福を感じることも確かにある。 暇の中でいかに生き、退屈とどう向き合うのか。この問いへの結論を、じっくり考察する、その過程を味わう、一冊である。 私は新卒で働きがいランキングなるものに毎年ランクインする、大企業に就職した。就職先を伝えれば、誰もがすごいねと、褒めた。もちろん気分が悪いわけががなかった。でも、何でその会社に決めたの、そこで何がしたいのと問われると、答えられない。この手の質問は、居心地が悪かった。 私は4年後、次の就職先も決めずに、辞めた。 大いなる決断をしたつもりだった。私はこんなものじゃない、辞めたら何かが変わると。決断するしかいと。 私は今、週末の朝食に食べるパンを買いに電車に乗っている。平日は時間の合わない同居人と、土曜の朝、向かい合って、パンとコーヒーを味わうこの時間が何より幸福なのだ。 あの時の私のように、時間や決断のサイクルに陥ることなく、退屈と気晴らしの狭間で、贅沢を味わえる自分でいれるよう、今日も学びを続けたい。
おかわり@Okawari2026年2月13日読み終わった読んだ。ビビッとくる面白さはなかったけど、心のどこかで「でも人生何やっても所詮は暇つぶしだよな......」と考えている自分に寄り添ってくれるような一冊だった。 そういえば、本の帯にオードリー若林氏の「まさか哲学書で涙するとは思いませんでした...」というコメントがあったが、どこで泣いたのだろうか。
こまきさん@komaki06092026年2月8日読み終わった@ 自宅哲学書なのかビジネス書なのか?と思って読んだら、この人の哲学的な問いで、とてもよかった。 哲学とは?を私ごとに降ろせる、自分ごとに捉え直せる良書。
annamsmonde@annamsmonde2026年2月2日読み終わった私に浮かんだ画は、 とても静かで のどかで あたたかくて 木漏れ日みたいで 日常にある 読書みたいな時間で じゃあそれを配っていけたら どうだろうかと考えました。 「論述を追っていく、つまり本を読むことは、その論述との付き合い方をそれぞれの読者が発見していく過程である。」

ユウキ@sonidori7772026年2月1日買った読み終わったあまり暇とか退屈だとか考えたことがなかったので、ピンとこないかも…と思いながら手に取ったが、現代の消費社会、労働環境において「退屈」であることから逃げるために奴隷になっていないか、消費と浪費の違い等々、実は身に覚えのあることばかりで大変心に沁みた。哲学書でありながら読みやすいのも嬉しい。

- こうた@spn3452026年1月28日うまく書けないから箇条書き ・社会が豊かになると、幸福度は下がる ・余暇時間の使い方を知らない人を利用したのが資本主義でもある。(休暇をも仕事に為に) ・人類が遊動型から定住型になったことで、発達した。 ・人は刺激を求めて生きている。退屈な時間を過ごすくらいなら「悲しみ」の類の刺激すら求めちゃう ○3形態 ①何かによって退屈にさせられる ②何かに対して退屈になる ③なんとなく退屈 ②→①③→②→①③、、、の繰り返し ③の時にやけに虚しくなるのは、「人間は刺激を求めてる」ことに影響する。 ③は自分の中にだけ生きている状態で、外の世界との関係が薄い状態。その中でも刺激を求めるから、過去の「興奮した経験」とか「悲しい経験」を引っ張り出し、刺激を求める。やから感傷的にもなる。なーるほどおお ○観世界 この観世界の概念は平野啓一郎さんの分人の考え方に似てると思った。 ヒル→盲導犬→人間。の分に感世界移動能力が高い。 自分が部長・代表やったり、ベンチャー行くのも、退屈凌ぎのために刺激を求めてるから説? まあ楽しかったらえっか

- yakasak@yakasak2026年1月28日調べ物@ 自宅P.30 ザッソウラジオで倉貫さんがモリスを参考にしてると言ってた https://open.spotify.com/episode/06GQs5A9yDYjlkv4pyypht?si=10mZYcAUQbCusVaPyEGsbw
- とりぷる@tripleBB1042026年1月23日読み終わった國分功一郎先生の著作「中動態の世界」を以前に読んで、著者の哲学の専門領域の話が多かったことから深いところまで理解に踏み込めなかった。哲学書あるあるの、〇〇をもっと読まないと理解が進まない的な状況になった。その経験からこちらを読むのを少々躊躇っていた。 が、こちらの方は専門領域に踏み込まずに触りから必要箇所を適宜洗い出してくれるので、手を止めずに読むことができる。 先生はコチラで裾野を広げて、中動態の世界への窓口にする流れだったのかな。読む順番間違えかもしれない。読み始めた感想である。 読了して、やはり読みやすかった。終始読者に寄り添ってくれる。そして背中を押してくれる。また読み返したい。

- mm@mmooo3332026年1月20日読み始めた暇と退屈の倫理学 パスカルの「気晴らし」 退屈は人間が取り払うことのできない病だが、熱中できる気晴らし(苦しみ、一種の負荷)があれば簡単に避けられる。そこに人間の惨めさの本質がある。 ただ気晴らしを気晴らしと指摘すること自体も気晴らしであり、どちらも不幸を招き寄せる。 そこから脱却するための道が神への信仰というのがパスカルの論。
- 木村@asdfghjkl09092026年1月18日読み終わったこれまで年間10冊も完読したことない読書初心者だけど、読みやすい一冊だった。哲学だけではなく歴史や脳科学、生物学等いろんな方面から暇と退屈について掘り下げていて、また、難しい話は想像がしやすい場面や状況に置き換えて書いているので、そんな観点もあるんだなぁとどんどん読み進めることができた。(本の一節をかりると、動物的に読み進めた。) 環世界を行き来しているという説が一番好きだった。 また、いろんな観点から掘り下げているからか決して批判をするような文章はないので、自分と考えが違うような内容でも視野が広がる感覚になった。
みじんこ@mjnk09162026年1月17日読み終わった面白かったです。できれば、退屈について最も考えを巡らせていた10代の頃に出会いたかった!(初版日を考えるとそれは不可能なんだけど)というのが読んでいる最中からの気持ちです。その頃に読んでいたら今とは全く違う感想になったかもしれないけど。 著者が最初に記す通りに、まずは注を読まずに読み切り、その後に注や付録含めすべて収録順に(時折、本編の該当箇所を改めて確認するためページを遡ったりしながら)読みましたが、隅々まで興味深く読みました。 また読み返すと思います。
nezuta@okaaaaharaaa2026年1月15日読んでる暇だとか退屈だとかを意識的に考えたことがなかった。これからの人生、どうそれらと向き合っていくのか。選択肢は無限大だが、一つずつ方向性を定めていかないといけない
saeko@saekyh2026年1月12日世間に数多ある「東大・京大でもっとも読まれた本」の代表作。 かなり前から本屋に並んでおり、友人も薦めていたので認知はしていたのだが、その重厚なタイトルに引け目を感じて、なかなか手が伸びなかった。 しかし、最近哲学に関する本を読むようになってハードルが下がってきたのと、なにより「自分はなんのために生きているんだ」「これからどうやって生きていったらいいんだろう」と考えることが増えたことをきっかけに、発売後15年経ってもいまだ平積みされているこの本を手に取ってみた。 環境には恵まれている。住む場所があり、家庭があり、友人があり、ほどよく仕事をして、ほどよく余暇を過ごす。そんな生活をする中で、「自分はこのままでいいのだろうか」と焦りを感じるようになった。 幼い頃からの夢が叶えられていないような気がする。テレビを観れば、努力を重ねてひとかどの者になった人たちが特集されている。自分もやりたいことをやって、何事かを成すべきではないのか。でも、それって一体なんなんだ、どうやったらいいんだ…。 こんな思考のスパイラルに陥っている自分の状態をまさに言い表した一冊だった。 豊かな社会では、暇ができる。その暇の中で、人間は退屈している。そこで人間は暇を悪とみなし、退屈をまぎらわすための何かを探している。それは例えば、人から与えられるものを消費することであったり、仕事をしたりすることである。 消費は、自分の欲望ではなく、他者から与えられた欲望を内面化しようとする行為なので、永遠に満たされない。 仕事は、なんらかの信条に隷属的で、それ以外の物事に対して盲目的なので、人は「自分はこれをやっていればいいのだ」と楽になる。しかし、その仕事の遂行の中で、自分の期待通りに事が運ばないと、また退屈する。そしてまた隷属の対象を見つける…。 こうして人間は生きている限り退屈のループから逃れられない。 この考え方にはっとさせられた。学生時代は「将来の夢=仕事」と単純化して人生を捉えていた。しかし実際は、生活もあるし、趣味もあるし、さまざまな要素がある。そのさまざまな要素を行き来する中で、わたしはなんとなく退屈していて、隷属する対象を求めて「なにか打ち込める仕事を」と考えていたのだ。 國分氏はこの考え方を批判する。それは人生の多様な要素を排除しており、その純粋さゆえに、極度の愛国心やテロリズムなどにも通ずる、破壊に繋がりうるからである。 では私たちはどう生きていったらいいのか?氏の提言は主に2つ。人生を「楽しむ」ことと「考える」ことである。 楽しむことは、瞬間的な享楽を消費することではなくて、目の前のことにしっかりと時間をかけて、知識も身につけて向き合うことである。その対象は食でも、芸術でも、なんでもよい。退屈を仕事で凌ごうとする欲求に抗って、自分が楽しいと感じることを噛み締める贅沢な時間を過ごすのだ。 その次に、楽しんで終わりではなく、考えることだ。氏は、ある物事を楽しんでいれば、自然と考えることに繋がると主張する。たとえば、この味わいはどうやったら生まれるのだろう?とか、この芸術家はなにに影響を受けているのだろう?というように。 刹那的な情報をいったりきたりするのではなくて、自分が「楽しい」と感じることを「考える」暇をつくることが、退屈とうまく付き合っていく生き方なのではないか、という考え方だ。 この本が出版されたのは15年前ではあるけれども、まったく色褪せない主張だと感じた。 わたしたちの生活の一部になってしまったSNSを介して、欲望を惹起するような情報が30秒、15秒という短時間で大量に流れ込んでくる。その情報の洪水の中で、様々なことに少しずつ羨望の眼差しを向け、欲望を再生産しながら、自分が何が欲しいのかわからなくなる。その欲求不満の捌け口として、邪念を振り捨てて取り組めるような信仰の対象を求め、仕事を通して自己実現しようとする…。 この他者が作り出す情報によりいつまでも満たされない退屈に歯止めをかけるために、自分自身の楽しみにしっかりと心を傾けることが大切なのだ。 経済的利潤を最大化するために加速していく資本主義の磁場に対して、この本の主張はその歯止めになるような力強いものではなく、社会の仕組みの構築というよりは個人の意識の中に止まる淡く儚いものであるとも感じる。しかしまずは自分個人の取り組みとしてその実践を始めて、人生への不満感が満たされるのか、自己変容が起きるのかどうかを試してみたい。 いままさに読んでよかった本だと思った。



nosuke@capeta06232026年1月11日読み終わった人間は刺激を避けたいにも関わらず、刺激がないと不快な状態に陥りそれに耐えられない。短期刺激が身の回りに溢れており、耐えざる消費社会を生きている私たちだからこそ受け止めたいお話。
グミチャン@gumicyan2026年1月10日読み終わったかつて読んだ再読。 本書のメインテーマとは外れるけど、結論の「論述を追っていく、つまり本を読むとは、その論述との付き合い方をそれぞれの読者が発見していく過程である。」(p.393)というのが印象的だった。インターネットもありAIもどんどん進歩していて、調べれば結論が出ることを学ぶ意味というのがここにあるのかな、と思った。逆に、結論だけ知るのは無意味で、それを理解していく過程が必要なのだとも。
装丁フェチ@yr_k_2025年12月31日読み終わった〜滑り込み年内読了〜 書き留めておきたいことが多すぎて逆に何を書いたらいいかわからない! 前半は苦戦しながら読んで、積んでを繰り返すうちに半年以上経ってて、、今月に入ってようやく再開した 特に最終章は付箋がいっぱい 5章 暇と退屈の哲学もすきだったな 資格取得に没頭する人、仕事を必死にやる人、何かをやると決断すればあとは考えることなく目標に向かって走るだけでいい 決断は苦しさから逃避させてくれる、従うことは心地よく、こんなに楽なことはない って皮肉だよね〜 「なんとなく退屈だ」という声で空虚に放置され、あらゆる可能性を拒絶されていると、人は自らが有する可能性に目を向けざるを得なくなる でも決断すれば!心地よい奴隷状態になれる なぜなら、自分と向き合い苦しんでる余裕がなくなるから。 「大義のために死ぬことを望む過激派や狂信者たちを、私たちはおそろしいと思うと同時にうらやましくも思っている。(スロヴェニア哲学者の言葉)(中略)過激派や狂信者たちは『なんとなく退屈だ』の声から自由であるように見えるからだ。」 p371 👆🏻これ、朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』での、視野を狭めて物語に没入し自分を使い切りたい人々と、通ずるところがある気がする 人間であるとは、退屈と気晴らしとが独特の仕方で絡み合ったものを生きること 退屈と向き合うことを余儀なくされた人類は文化や文明、芸術、衣食住で生を飾り心を豊かにしてきたんだって わたしの退屈耐性が強いのは、生活することそのものが好きだからかもしれない あと、 絶えず新しいもので溢れた世界で、人はいちいち考えて対応しないで済むように習慣を創造するとあったけれど、 良くも悪くも平均より多くの物事が目に入ってくるから、受け取り〜処理〜習慣化〜退屈に至るまでの時間が長いんだろうか だからどこにいても何をしててもそれほど退屈してない気がする、まあだいぶ疲れるという面もあるガガガ 楽しむことは思考することにつながる。人は楽しみを知っている時、思考に対して開かれている。 楽しみを受け取り、思考を強制するものを受け取る余裕は、決断して奴隷状態に陥った人々にはない。 4章の浪費と消費にまつわる部分、かなり印象的だった 消費者が受け取ってるのは、物ではなく、物に付与された観念や意味だから、消費には限界がなく延々と繰り返され、むしろ贅沢を遠ざけ、満足はもたらされない 浪費は、必要を超えて物を受け取ることだから、どこかで限界に達するし満足をもたらす。そしてこれが贅沢の条件である 本筋から少し外れるけど、ノヴァーリスによる哲学の定義すきだな〜 「哲学とはほんらい郷愁である。さまざまな場所にいながらも、家にいるようにいたい、そう願う気持ちが哲学なのだ」 p230 「人間は生き延びていく中で、記憶し続ける。つまり傷を負い続ける。だが、その中には、自分だけでは意味を付与できない、つまり消化できない記憶がある。(中略)ほとんどの人は、自分一人では消化できない記憶を抱え、その作業を手伝ってくれる人を求めている。ならば、人間は、その本性ではなく、その運命に基づいて、他者を求めることになろう。」p501-2(増補新版付録より) 傷を負うことがなければ誰かと一緒にいたいと願うこともないのかな 付録ではあるけど、論理的に綺麗に丁寧に書かれた本の締め括りがこれなのアツすぎます



- ショア@tresor1352025年12月31日読み終わったaudible再開。人間が人間らしく生きるとは何かを問う。気晴らしとしての文化。むしろ暇のために生きる。狩猟移住から農耕定住に変わり脳に余りができ暇を退屈と覚えるように。シグナル契機とした行動の連続で繰り返しいつまでも満たされず機械的なダニのように。自ら溢れんばかりに得ることで潤い満足するが消費生活ではそれは得れず企業の養分になるばかり。人間は動物よりも環世界間の移動が可能であるがストレスフルで習慣による安定を崩す。しかし刺激であり退屈ではない。突然ウォーキングを始める自分はまさに暇と退屈状態w旅も然りか

- あべ@propeller_ab052025年12月29日読み始めた@ magmabooks年末年始のお供に。今のところまだ「暇と退屈」の話ではあるが「倫理学」の話という感じではないので、ここからどう「倫理学」に接続してくるか楽しみ。


ぴーちくぱーちく@steave_002025年12月27日読み終わった浪費🟰豊かな生活 消費🟰際限がない→繰り返し→満足しない 退屈の反対は快楽ではなく興奮 本来性なき疎外 時間がぐずついている 空虚放置 気晴らし 18分の1秒
ぼんじ徹平@bonji_books2025年12月27日読み終わった知り合いに最近考えている事を話したらオススメされた本。 ワーカホリック的に働く事がカッコいいと思っていた自分を見つめ直すきっかけになりました。 社会の中で価値ある人間だと思う為に、自分の中で動機を作り出してきました。 病気がある事が分かっても、それすら動機に変えて働こうとしてきました。 結局、冒頭でニーチェが指摘したように、「自分を行動にかき立てる動機がない事が苦しい」と思っていたのにかもしれません。 際限のある浪費と、無限ループが続く消費。 SNSで作られた文脈の中で心を消費されないようにしたい。 どしても他人と関わらざるを得ない社会の中で心が満たす為に「物」に向き合いたい。 ハイデッガーの考えを通じた、筆者の指摘が心に刺さりました。 ・自分で自分に役割を与え続けないと行けないほど、軽薄な存在なのか。 ・充実と暇の間で自分と向き合う余裕がある。暇を感じつつ、充実感を味わう事が人生そのものであると受け入れる。



めるぼ@merbo2025年12月1日読み終わった分からない所は飛ばして、気になる箇所だけ読んだ。所々面白いが全体を通しての理解は出来なかった。哲学有名人の名前をバシバシ出されるけど、哲学初心者だから誰か全然分かんないし、その考えを誰が言ってたかなんてどうでもいいと思ってしまう。誰が言ったか抜きにしてもっとシンプルに分かりやすくしてほしい。

Okada@tokdtr2025年10月19日哲学大都会の中心に15年ほど住んでから田舎暮らしを始めた。都会でも刺激に事欠くことはあった。一方、田舎の生活は退屈でもないなと思うこともある。 そう思えるのは無意識的に本書の内容を実践し訓練してきたからかもしれない。 芸術、芸能はもちろん様々なタイプの人、天気、雑草、昆虫、洗剤、病、道に落ちている様々な物、にまで<とりさらわれる>ことができるようになってきた。 著書の説明は非常によくわかった。 よく生きるということが上手になりたい人にとって有用な学びある一冊だと思う。 前回ポストのソフィーの世界にハイデッガーが扱われていないのでハイデッガー入門にもいいかもしれない。





ポセイドンが飼ってる犬@big82842025年10月17日読み終わった「人はパンがなければ生きていけない。しかし、パンだけで生きるべきでもない。私たちはパンだけでなく、バラももとめよう。生きることはバラで飾られねばならない。」

hayata@hayata2025年9月28日読み終わった暇の3形態が興味深かった。ちょっと長いので私はオーディブルで聞きましたが、十分耳でも理解できるくらい平易な表現でよかったです。末の方にも書いてあるんですが、これは流すんじゃなくて一通り著者と一緒に論理をさらうのが大事で、その時に自分の感じたことを持ちつつ、暇と向き合うようになる、みたいなのが読後感にくる。中動態の世界も読みたくなった




こづえ@kozue33732025年9月26日読み終わった広く読まれる哲学書がある社会って希望があるなと思う。 人間的/動物的という言葉の使われ方が今ひとつ理解しきれなかった(考えることは動物的らしい)。生きることに必死にならなくて良くなった人間は、暇や退屈を感じる宿命にあるし、それらを感じることができる自由がある。そのため、人生には暇や退屈を忘れさせる気晴らしが必要。「教育は以前、多分に楽しむ能力を訓練することだと考えられていた」(ラッセル)。楽しんで生きていこうね。

ひいらぎ櫂@shaki31222025年9月22日読み終わった図書館難しいところはサラサラ、だいぶサラサラ読みつつ読了。 暇と退屈を色んな観点で読み解くのが興味深い。 返却期限に追われながら読了。 行きたい時に図書館は休み。





草大福@yadokari152025年9月18日読み終わった時間かかったが読み終えた。途中流し読みのところもある。感想を述べられるほど咀嚼できていないので、印象に残った部分をメモとして残しておく。 家にじっとしていれば安全なのになぜわざわざ人は外に出てしまうのか。退屈が我慢ならないから。ウサギ狩りに行く人に、ウサギを手渡したら、きっと嫌な顔をされるだろう。なぜならウサギが欲しいのではなく、ウサギを追いかけて一日中駆け回り、退屈から逃れ気晴らしをするのだ。 今では暇人という言葉はネガティブな意味で使うが、かつては暇があることに高い価値があった。財産があり働く必要がない有閑階級。富を持つものは自分たちで生産的活動を行う必要がない。やるべき仕事がない。暇は明確なステータスシンボルである。有閑階級は暇を見せびらかそうとする。 有閑階級が没落したあと労働者階級は余暇の権利を得る。 『労働が消費されるようになると、今度は労働外の時間、つまり余暇も消費の対象となる。自分が余暇においてまっとうな意味や観念を消費していることを示さなければならないのである。「自分は生産的労働に拘束されてなんかないぞ」。「余暇を自由にできるのだぞ」。そう言った証拠を提示することを誰もが催促されている。』 『余暇はいまや、「俺は好きなことをしているんだぞ」と全力で周囲にアピールしなければならない時間である。』 →これがすごく現代のSNSやら推し活やらに通ずるところがあると思って印象に残った。 退屈にも種類がある。第1形式「退屈していて暇がある」第2形式「退屈しているが暇はない」第3形式「なんとなく退屈」

- ちっち@riia4892025年9月14日読んでる8月に京都の鈍考に行った時に読んだ本。ようやく続きが読めた。人間は定住生活をするようになって暇になり、社交してストレスを溜めたり争い事をしたり、余計なことばかりしてるらしい。たしかに現代人は余計なことばかりに気を配り、暇過ぎるのかもしれない…。






kei@k32452025年9月2日読み終わった國分功一郎著「暇と退屈の倫理学」読了。 2025/9 2冊目 ◎サマリ ①退屈のはじまりは定住生活?ウサギ狩りをしている者にウサギを渡したらどうか? ②我々は消費はできるが浪費はできない ③ハイデガーの論ずる「パーティーでの退屈さ」をベースに生きる ◎書評 一言で言えばもっと早く読むべきだったと感じた一冊。 遅くとも20代のうちに読み、退屈に対しての人間の考え方を学ぶべきだったと感じた。 退屈を知ることで楽しく生きることの難しさとその重要性を知ることができる名著。 ① 退屈のはじまりは定住生活?ウサギ狩りをしている者にウサギを渡したらどうか? この本には國分先生の多くの示唆が込められているが、中でも退屈の始まりを定住生活とする序盤の主張は印象的だった。 移住生活をいたときは必要なものを必要なだけ採取し、しばらく時間が経ったら移動をする。 一方、定住生活は農業生産をベースに加速度的な文明の発展を果たすのに適したスタイルであった。しかし、人々は「退屈」という原罪を背負うこととなる。 そして、パスカルが語るウサギ狩りの例え。 ウサギ狩りをしている者にウサギを差し出しても誰も喜ばない。ウサギを狩る行為をしているにも関わらずだ。 つまり、目的物なんてどうでもよくウサギ狩りのようなものは単なる暇つぶし→興奮を得るための行為として行っているのだとパスカルは主張する。 序盤のこの論理展開が美しすぎて國分先生の筆力に魅了された。 ② 我々は消費はできるが浪費はできない これも新たな気づきだった。 我々がやっていることは浪費ではなく消費だという。 浪費はひたすらモノを買っていくだけなので際限があるが、消費はモノの背景にある観念も一緒に買うので際限がなくなる。 資本主義経済ではこの観念の消費を供給側が意図的に実施している。 暇だから何かを買いたいわけでもないのにウィンドウショッピングに出かけてしまい、しまいには何かを消費する。 これは仕掛けられた罠なのだ。 ③ ハイデガーの論ずる「パーティーでの退屈さ」をベースに生きる 最終的に國分先生は「何かに際して退屈すること」、ハイデガーの言うパーティーでの退屈さと向き合うことこそ一番健康的な退屈への対処法だと語る。 ハイデガーの言うパーティーとは、パーティーそのものが気晴らしのものとなっており、そのパーティーに参加したとして楽しい思いをしても、なんとなく退屈を感じてしまうというものだ。 この状態は何らかの奴隷の状態ではなく、一番自律できていて余裕のある状態であるという。 この状態をうまく保ち、「楽しさ」を見出していくこと。 暇や退屈を感じつつも、その中で楽しむための訓練を行い贅沢を取り戻す努力をすること。 これこそが良く生きるということではないかと國分先生は語りたかったのだと思う。 色んな解釈でOK、どういったプロセスで何を考えたのかに注目してほしいと國分先生も結論で語っている。 自分もこんな大学の先生に哲学を習ってみたかった。


mio@y_________io2025年8月14日読み終わったやっと読み終わったー! 話題の本だったから、あまりこういうの読まないけど手に取ってみた。結果、面白かった!退屈には種類がある、それを行き来しているという認識が私の中にこれから居てくれるのは、すごく支えになりそう。暇も退屈は悪ではないし、むしろいつでも刺激を受け取る余裕を持っていられる状態でいたいなと思った。 「定住革命」になるほど!と膝を打ったところで、本屋で少し立ち読みした『移動する人はうまくいく』を思い出したからちゃんと読んでみようかな。 〈動物的になる〉とは、集中している/夢中になる状態に近いのかな?と私は考えたけれど、今私にそう思えるものがないのかもしれない…これが近年思っている“退屈”の正体かなと気づけた。夢中になれるものが欲しい、って人間誰しも思っているんじゃないかなあ。



あめ@candy332025年8月12日買った読み終わった読書メモ学び!哲学好き、素敵、ときめく、そうした想いに基づく浪費(消費ではない!)に理論的裏付けを与えてくれる。つまり、全肯定してもらえる。贅沢への罪悪感を払拭してくれて、堂々と好きなことに邁進する勇気をもらえるよ。 2章の「定住革命」、6章の「環世界」の話は面白すぎた。

- nolre@nolre2025年8月9日読み終わったこれは栞を挟んで数日したら読む気がしなくなるなと思って2日くらいかけて暇な時間に一気に読んだ。 納得できない部分もあったけどよく覚えてない。 全体的に物凄く回りくどい構成だなとは思った。 結論はよかった。 結果的に読んでよかった。おすすめ。

ぽぽ@wakio2025年7月5日読み終わったしっかり理解するには集中力を要するため、結果的にところどころ適当に読んだ。 • 1章のパスカルの、人間は部屋にじっとしていられないから不幸になる、というのは腑に落ちた。言い得て妙。パスカル頭良い、言語化や比喩が上手い、と思った。 • 人類が定住を始めたことの影響の話はとても納得感があった。人間は遊動生活に最適化されており排泄も片付けも上手にできないのは当たり前である。よくわかる。 • ハイデッガーの考えをもとにしたまとめも基本的には納得している。環世界という概念で解像度が上がった。 • 結論の一つである、勉強(教養の獲得)により退屈を克服する、というのも自分の考えに近い。学ばないと、主体的に楽しく生きられない、とはぼんやりと思っていた。学ばないと、社会に都合の良いように生きさせられ、退屈してしまう。主体的に生きることを自分は大事にしているなと思う。 • 哲学している本をしっかり読んだのはおそらく初めて。こうやって論じていくのかーと、新鮮だった。過去の哲学者が論じた概念を引き、批判し、それに立脚して新たな概念を導入して論理的帰結を導く。学問しているなー、面倒だけど正しいアプローチ、と思った。 • 納得できないところもあった気がするけど覚えていない。 • 引用した哲学者を否定するときに、そこまで感情的に否定しなくてもいいんじゃん?と思うこともあった。 • 人間はハイデッガーの第二形式の退屈を概ね過ごしている、という本書の結論に同意する。ある意味で、大体の時間は退屈である。 • あまり考えずに生きている人、学ぶことに主体的じゃない人に薦めたいけど、そういう人は絶対通読できないと思うので、結果的には薦めない。 • 考えるのが好きな人は読めると思うけど、読みたいなら読んだら良いと思うけど、読んでも読まなくても考え方は大きく変わらないと思う。もちろん解像度は上がるので全然薦めるけど。



うども@udo_momo2025年7月2日読み終わった一気に読み進めればよかったなあと後悔 「楽しむという行為は訓練がいる」というのは本当にそうだし、消費行動に時間を費やすと折角訓練した内容も忘れていくんだよなあ 個人的にはハイデガーやパスカルの論を批判すべきとこは批判しているのが良かった。自分は絶対に権威に打ち負けてしまうので…


kuboon@kuboon2025年6月25日読み終わったaudible話題の本。 序盤はいささか退屈だったが、ハイデガーやユクスキュルと関連しながら考察を深めていく過程はなかなか面白く、あとがきが一番面白かった。

ワ@medetiais2025年6月22日読み終わった一冊前のところにとにかく家から出てよく歩くこと、というようなことを書いたけどそれを思い出しながら読んでいた よいエッセイと暇と退屈 たまにこういう巡り合わせがあるので時代をずらして本を読むのはたのしい


ぼす@backtoboss-s2025年6月13日読み終わった論理の飛躍かな?と思う所は多々あるものの、考えさせられる、実感する所は多い。 サピエンス全史を読んだ後だったので、歴史と一緒に読むと面白い


庵@an_zzz2025年6月9日一般書この本の冒頭と、漫画『ブルーピリオド』1話が被る。「この感動は誰のものだ?なんでこんなに大声出してんの?」「これは俺の感動じゃない」「好きでもないのに付き合いで体悪くするのやめなよ」 ラッセルの主張について著者が「分からないではない。だが、やはり何かおかしい」「おかしいと思うべきなのだ」と断じているところがいい。「ラッセルは見事だ」というようなことが書かれていたなら私は本を投げて読むのをやめていた。
it_shine@it_shine2025年5月27日読み終わった人は常に痛みをあるいは痛みのもとを心に携えているけれど、それは外からの痛みや刺激によって、緩和されるのではというのは腑に落ちた。 だから退屈を避けつつ、退屈に向かっていってしまう。 何かに没頭している時間が、あるいはそういう決断が必要である。退屈と共に人間は生きていくが、積極的な退屈というものもあるのだと思う。 自分には考えることが必要だと思った。まだまだ修行が足りんと。


tom@mugwr2025年5月26日読んでる以前後半まで読んでたけど、いつのまにか読まなくなってたので再読。ところどころ付箋を貼ったところがあって、何に心惹かれたのかを答え合わせしながら読む。そしてこの類いはどうしても眠くなってしまい、数ページずつ読んでる。また読まなくなってしまうのかと思うとこわい。

it_shine@it_shine2025年5月26日読んでる第七章まで読んだ。 退屈と日常が混じり合ったところを生きるか、そこから逃げ込んで仕事などをして誤魔化すか、という理解。決断することによって、人は何かをするけれど、それは逃げでしかないのかもしれない。 なんだか、何かをわかったような気がするけれど、掴みきれず、結論を読んでしまいたいけれど、それはまた明日。とにかく眠くなる。 こういう、ちびちび読んでいく読書もたまにはいいなと思う。着実に進んでいく。それでいい。






it_shine@it_shine2025年5月25日読んでる議論も本格化してきて、ハイデッガーの論理やら出て来るけれど噛み砕かれて書かれているのでわかりやすい、たぶん理解できているはずと思ってるけど、やたらと眠くなるので、中断をやたら挟んでいる。全然進まない。やっと最後の章まで来て今日はおしまいかな。また明日。



it_shine@it_shine2025年5月22日読んでる話題になってた本。気になってはいたけれど、なかなか手を出さなかった。退屈って感覚がないしなーと思っていたから。本読みは、いくら時間かあっても足りないので、退屈ということがあまりないのではないか。時間の使い方についての考えが書いてありそうだったので手に取った。 退屈は産業によって先見されて満たされるあるいは作られる、ということ。 哲学の話題だけれど、難しい言い回しもなく、噛み砕いでいろんな言い方で書いてくれているのでわかりやすい。




精神科医ぴー@PARTY_chan2025年5月1日読み終わった「中動態の世界」がトラウマ級に難しくて手付かずだったのをめちゃくちゃ後悔した!!ずっと面白くて興奮して手が止まるくらい。大学生の時に読みたかったな。 本編の結論的なものは理解できるけどやや急ぎ足に感じた。もっと丁寧に論じてほしかったー。 あと、國分さんってアンチ安倍なんだよね笑 わざわざあとがきに書かんでも良くないか……
精神科医ぴー@PARTY_chan2025年4月25日読み始めた國分さんは昔読んだ「中動態の世界」が難しすぎて躊躇してたけど、めっっっちゃくちゃ面白い!! そして高校の現代文の教科書に載っていた「熱中しすぎるな」的な文章を思い出したけど、なんというタイトルだったか思い出せず……いろいろ調べた結果加藤周一の「羊の歌」からの抜粋改変だった気がするのだけど、自信はない😭

塚田@tsukada2025年4月13日読み終わった人類の科学などの進歩は、定住することから始まったというのが新しい視点で知れて良かった。 それまで遊動生活のために使っていた周囲を注意する、探索する能力が定住生活を始めたことで不必要となり、別の対象にその能力を発揮した結果、科学を発展させる結果となった。



モヘンジョ・パロ@mohenjoparo2025年3月31日読み終わった事物に対する解像度が高まるほど、退屈という状態を有意義な時間に変えられると思えた。だからこそ勉強することが大事なんだ。死ぬまで勉強し続けられるなら、それが一番幸せだ

加非@chioneko2025年3月29日かつて読んだかなーり前に読んだ。 暇と退屈の違い、消費と浪費の違いに特に感銘を受けた記憶。特に現代社会においては、自身で暇と退屈を作り出しているように思う。 目の前の物事を1つ1つ味わうことが、暇と退屈に縛られない第1歩のように思う。

よね@yone2025年3月25日読み終わったずっと持っていたのに読んでなかった。この本の内容だけで人生が変わるってことはないだろうけど、書籍全体の論理構成とその心意気を感じられてとても良い。「なるほどちゃんと本を書くってこれぐらい読まないといけないねんな、エグいな」と素朴に感じた。再読に値する。40万部も売れているらしい。これ読める人が日本に40万人いたらなんか大丈夫な気がするな。あとがきにサリエンシーや慢性疼痛のことが書いてあって、ここまで読むのかなるほどなぁ、とおもいました。





暖簾@udeoshi2025年3月18日読み終わった「好きなこと」とは、願いつつもかなわなかったことではない。〜そもそも私たちは、余裕を得た暁にかなえたい何かなどもっていたのか?(p.25) 好きなことも、自分探しも、自分らしさも必要ない。最高の出だしでした…。 もっとはやく出会いたかった。
ワタナベサトシ@mizio_s2025年3月12日買った読み終わった@ 本屋象の旅しばらく積んでいたのを読み始めたところあまりの面白さに止まらなくなり、あっという間に読了。通読することが肝心な構成の書籍であるので、企図されたとおりの最も良い状態で読むことができたのは運が良かった(自分の中でタイミングがうまく合致した)。 暇と退屈の発生から、暇や退屈を定義してゆく過程など、噛んで含めるように丁寧に、何度も傍点をふって強調を重ねて、混乱しないよう・迷子にならないよう、分かりやすく親切な説明が徹底されていると感じた。難解な概念も言葉(用語)を統一することで論点が明確になるよう誘導されているし、哲学についてほとんどなにも知らない状態からでも分かるようになっていると思う。 注釈(読まなくてもいいとされている)も適度な分量だし、参照文献もいちいち興味をそそられる。気になって読みたくなる本がいくつも登場したのでどんどんReadsに登録した。ハイデッガーを読むことはこの先もないと思うのだけど、本書の解説と批判を通読することでかの哲学の偉人がずいぶんと身近で親しみやすい人物のように感じられるようになったのも大きな収穫だった。 本書を読む前と読んだあとでは、あらゆる事象の見えかたがまるっきり変わってしまっているように感じられる。瑣末で些細なことの本義や裏側が見えるようになって寛容かつ許容範囲が広がったこともあるし、これまで考えもしなかった認識外の事象に気付くようになって見える範囲の拡大(ともすれば見えなくてもいいものまで見えるようになってしまった感)がある。とても清々しい気分だ。 次はぜひ『中動態の世界』を読んでみようと思う。- シン・タロー@suto_shintaro2024年2月29日読み終わったかつて読んだとっても面白い本。知的興奮が味わえる。またとても丁寧に進むので置いてけぼりになりづらい。何度も読み返したい本。ユクスキュルの環世界のパート最高。

- 河中さら@Sunsun_0171900年1月1日かつて読んだ字が大きめで、かつ説明が丁寧すぎなくて読みやすかった。「2022年 東大・京大で一番読まれた本」と帯風にプリントされている。読み返したいとは思っている。

- 慎太郎@20040205Sin1900年1月1日読み終わっためちゃくちゃ簡潔に言うと、 「退屈を恐れすぎず、気晴らしに身を任せ、楽しみ方を訓練して心得よ。」 というふうに解釈したが、それに至る過程を理解していなければ、真に実行出来ない、という意味で、読んで非常に良かったと感じる。

おみかん@omikan1900年1月1日読み終わった難しかった、長かった、でも読んで良かった。 ものすごく本質的で目から鱗が落ちた。 以下メモ。あとで整理しよう。 *** ルソー 本来性なき疎外 ハイデガー 人間はいつもなんらかの気分のなかにある 私たちの根本的な気分とは? 私たちは自分に役割を与えないではいられない それくらい軽い存在になってしまったのでは? わざわざ自分たちの役割を探さないといけないとは 自分に大きなあくびを吹きかけているようなもの これこそは私がなすべきことだというものを探している 自分を自分に関心がもてるようにしている なぜ? 自分たちが自分たちにとって退屈な存在になってるのでは? ある種の深い退屈が霧のように去来している 周囲を覆い尽くしている 私たちは退屈の中で哲学するしかないのだ 暇ではないが、退屈している? ファイトクラブ 退屈を払いのけるはずのものが退屈を招いている ハイデガーのパーティの事例 盲導犬は環世界を人間用に移動させた 人間は環世界間移動能力を持つ 決断の奴隷 第一形式の退屈と第三形式の退屈はそっくり 取り払われる


- kota@kotakota51900年1月1日読み終わった感想根本的に暇や退屈というものは存在せず、これらは資本主義社会の消費のロジックのために作り上げられたものである。そのため、自分自身が暇や退屈を感じた時、それらを解消するための消費行動に自覚的になり、一体何を消費しようとしているのか、それを注意深く見定め、理解しようとするとき、暇や退屈は無くなってしまう。本書を読み、暇と退屈について思考することが、最も有意義な暇つぶしであり、本書を読んでいる間は全く暇では無かった。参照されている文献を今後読み解いたりすることで、更に暇は無くなるだろう。倫理とは普遍的な基準である。自分にとって何が暇で退屈か、本書を通読して再考できる。








































































































































































































































































