
トム
@yukiyuki7
2025年5月18日
イデアの再臨
五条紀夫
読み終わった
ミステリー
どんでん返し
【大ネタバレあり】
朝起きたら「窓」が無くなっていた。文章からも消滅しており、空白となっている。前後の文脈からしておそらく消えたのは「窓」。
もともと「窓」があった場所は、窓の形と外枠ごと消滅しており、大きな四角い穴になっていた。他の家々も同じく消滅している。
同じことが「扉」にも起きていた。
これも文章から消滅しており該当箇所は空白になっている。
「玄関」は記載されてあったから消滅したのは「ドア」か「扉」だと推測できる。ここもただの四角い穴となっていた。家の鍵を持っていてももはや意味をなさない。
通学路では、どこの家庭も四角い穴から生活が丸見えの状態。
それがあった痕跡があるのに、なくなったことに誰も違和感を覚えていない様子。主人公だけがこの違和感に気づいていた。
校門を通り過ぎた所で「塀」が消滅していることに気づく。やはりここも空白となっている。
校門を通過する前はあったのに、通過したら一瞬で視界から消滅した。
下駄箱のある所に行くと「扉」がない。かつて貼られていたであろう「冷房中、開放厳禁」のポスターが落ちていた。
近くにいた別の生徒に、何を開放してはいけないのか聞くとズボンのチャックとか言い出す始末。そんなわけないだろう。
その後も「スリッパ」「雨」「くぼみ」「校門」「フェンス」が消されたことに気づく。
ここまでで消されたのは窓、扉、塀、スリッパ、雨、くぼみ、フェンスの7つ。なんとなく「外部からの侵入をふせぐ系」が比重高く消えている気がする。
そこで隣のクラスに転入してきた安藤という男子生徒に「お前が消したんじゃないのか?」と指摘をされてしまう。
そして、安藤はさらに不思議なことを言い出す。
ここは小説の中の世界だ。自分たちは登場人物であることをメタ的に認識しているというのだ。
次元の異なる世界線が別で存在していることを認識している主人公「僕」と「安藤」。
小説で当たり前に描写される空行。
どこかへ行く、何かをする際に空行を挟むと実行が完了されていることも認識していた。
また、主人公が「安藤くん」と呼び捨てにできず、「呼び捨てにしろ」「いや、だってさぁ」のくだりについては、主人公が呼び捨てに納得するまでの面倒臭いやりとりを「中略」で省略する技法を本人たちが理解した上で使用していた。
その後も自分たちが小説内の登場人物であり、世界が文章で作られていること、そしてその小説を読む読者が小説の外に存在していることを十分に理解した上で、物語が進む。
自分たちが今何ページにいるのかも理解していた。
小説でよく用いられる表現技法。
間を取るためや、何かを暗示するのに用いられる「・・・・」や、「|」をメタ的に認知した上で小道具として使用していた。
登場人物にはそれぞれスキルがあることも判明する。
物語を盛り上げるために必須となる登場人物は、その物語のジャンルにおける立ち位置を自然に振る舞うように設定されている。
例えば、主人公の幼馴染の場合、だいたいは美少女だし美少女たる振る舞いをする。番長は番長っぽい立ち振る舞いをして主人公にウザ絡みするし、びんぞこ眼鏡をかけてたら秀才だし、主人公といえば、凡人だ。
全ての登場人物たちは、自分たちが小説の中の登場人物だとは認識していない。
でもメタ的に認識している人がいる。それが、主人公と安藤だ。
そして、認識している人物は何かしらのスキルがあることも分かった。
安藤はページを戻すことができる。
具体的には「○ページ戻れ」と安藤が言えば、その次の行は戻ったページに書かれてある文章がそっくりそのまま記される。だからなに?と言われたらそれまでだが。
そして主人公は、まだなんのスキルがあるのか分かってない。
ということは、物語の最初からたびたび起きている物が消失する現象も、誰かのスキルだというのだ。
この、モノを消滅させている犯人を探すのが、当面の目的になった。
小説でありがちな展開は、その後のストーリーを予感させる。
読者を次のページに誘うための表現だ。
「誰かの視線を感じる」は、実は犯人が近くにいたことを予感させる。
そういう小説にありがちな展開を逆手に取り、2人は都会へと足を運ぶ。
イベントが行われる様な場所では物語の都合上、犯人と会合する確率が高いのだと安藤は言う。
確かに。
そして、2人の予想は当たる。が、予想以上のことが起きてしまった。
犯人が都会の大型ビジョンをジャックし、2人に話しかけてきたのだ。
「かつて人類の魂は、天井の世界で、あらゆる事象の理想である、イデアのみを見ていたが、地上の世界に追放され、肉体という牢獄に閉じ込められたいま、人類はイデアを見ることができなくなってしまった。物体や言葉による定義でイデアの偽物。この偽物の外面さえなくなれば、人類は再びイデアに相まみえることができる」
思想強めの犯人。
すると犯人は突如この世から車輪を消滅させた。
車、バイク、電車など、車輪が付いている全ての乗り物が身の回りでスピードを制御出来なくなり、家屋に突っ込み、人をすりつぶし、体が散っていった。電車は脱線し、扉から大勢の人を吐き出しながら火花をあげる。
惨劇の連鎖、地獄絵図。
この日世界中で何億もの人が亡くなった。
ニュースでは亡くなったのは推定8億人だという。この8億人という数字は、主人公がネットニュースを調べて浮上した数字だ。主人公が思考やセリフとして出力した瞬間に確定する。
文章でできた世界である以上、書かれていないことは曖昧なままだ。
主人公が認識しなければ文章として出力されないので、確定されない。
つまり、車輪を消して大惨事を起こしたのは犯人だが、仮にその瞬間、主人公が目を瞑るなどして情報を遮断すれば惨劇は文章になりえない。文章にならなければ確定しない。8億人もの人が亡くなることはなかったかもしれなかった。
犯人も憎いが、自分に対しても激しい後悔がのしかかる。
安藤は言う。ページを戻すというスキルだけでは、犯人のスキルには対抗できない。
だから、主人公にも何かしらのスキルに目覚める必要があると。
そこで、主人公が強く望んだのは人が多く亡くなった過去を、過去を書き換えたいと。
しかし、文章の世界では一度出力されて、確定したものを書き変えることはできない。
が、安藤は閃く。
安藤はスキルを使ってページを戻した。そして判明した。
主人公のスキルは「加筆」だった。
すでに出力された文章を改変することはできないが、安藤のページを戻すスキルと合わせれば、過去の文章に加筆し、流れを変えることができる。
犯人に対抗しうるスキルが発現した。
しかし、さらに犯人の追い打ちがあった。
今までは名詞のみの消滅だったが、第二章に入ってからスキルのレベルがあがったのか、事象も消滅したことに気づいた。
「待ち合わせ」が消滅ていたからだ。
主人公と安藤は新たに発現したスキルの有効性を実験しようと待ち合わせをしたが、目的地に永遠に辿り着けなかったのだ。
確実に歩いているのに、待ち合わせ場所に辿り着けない。
だが、待ち合わせじゃなくばったり会うことはできる様で学校では通常通り安藤と会うことができた。
そこで安藤が事象が消えていることに気づいたのだ。それは、第二章のタイトルが「事象が消えゆく世界」だったからだ。
犯人はまだ自分のスキルの全容を完全に把握できていない。どこまでが消えて、どこまでが消えないのか。消した名詞や事象はどこまで影響を及ぼすのか。実験を繰り返しているのが作中でも見て取れる。
学校に着いてからも本人による実験は続く。
一人称の「私」や「俺」などが消滅した。登場人物のキャラクターを際立たせる記号として使われる一人称。当然一人称が変わればそれに引っ張られたキャラに改変されてしまう。一人称が変わったクラスメイトの性格や喋り方が一人称に引っ張られて変化していた。
授業が始まる直前「先生」が消滅した。先生という職業が消滅したため、目の前に立っていた先生だった山崎は、「教師:山崎」から「無職:山崎」になった。先生として教室に入った瞬間無職になり、先生という概念すら消えたため、自分がなぜここのいるか分からず混乱する山崎。
その後「山崎」が消滅した。犯人はとうとう山崎個人を消滅させたのだ。
犯人はこの学校の生徒だ。
そう思って安藤と手分けをして探そうと動き出した時、「授業」と「生徒」が消えた。「生徒」という概念が消滅した今、教室にいる理由がない。同世代の男女が一斉に教室から吐き出され、廊下が人で溢れかえってしまった。
しかし、安藤と主人公のスキルによりページは戻り、加筆することで「授業」と「生徒」という言葉を復活させることに成功する。
学校があれば、自然な形で安藤と出会うことができるため「待ち合わせ」が消滅しても何とかなるからだ。
その後も地道な推理や情報収集に勤しむが進捗は芳しくない。
主人公は気づいた。一人称が次々に消滅し、キャラクターの個性が変化していく中、「僕」という一人称だけは依然として残ったままだったことに。
小説の世界で「僕」という一人称を使っているのは、主人公と生徒会長の真島実直の2人だけだったのだ。
「僕」を消滅させてしまうと、消滅していない一人称を代用するしかなくなり、使用する一人称に合わせて不必要な個性変化が起きてしまうからだ。必要だから消滅しなかったのだ。
真島はもともと名前すら存在しないモブキャラだったが、本物の真島実直が登場する前に、自ら「生徒会長、真島実直」と名乗ることで、物語上に必要なキャラクターをある意味乗っ取っていた。生まれてきたことに意味があり、自分の意思で自由に行動できる存在でありたかったのだ。
小説という特性上、ジャンルに沿った物語を展開しないといけないし、本の帯に「どんでん返し」と記載されていたら、どんでん返さなければいけない。
物語を進行させるための歯車にならないといけないことがすごく嫌だった。
真島は本を読んでいる読者をメタ的に名指しし、「お前みたいになりたいんだ」と文章の中で訴えた。
真島はこんな世界なくなって仕舞えばいいと「世界消えろ」と言うと、その後数ページにわたり、何も記載されていない白紙が続いた。
しかし、主人公は消えていなかった。
ここまで主人公の名前は一度も出てきていなかったが、判明する。
主人公の名前は「イデア」だった。
この本のタイトルは「イデアの再臨」。
本のタイトルが「イデアの再臨」である以上、主人公の「イデア」は何度でも再臨する。
チートスキルの真島でも、消すことはできないのだ。
真島は再び文章が記載されたページで、敗北を認めた。
そして、こんなことになるならと「メンタ認知」を消すとイデアと約束する。
ここまでの物語で消えたモノは全て復活。
この本の物語は幕を閉じた。