
saeko
@saekyh
2025年12月9日
差別はたいてい悪意のない人がする
キム・ジヘ,
尹怡景
読みながら、自分も差別の対象にされているかもしれないという憤りと、自分も差別をしているかもしれないという焦りを行き来する、緊張感のある一冊だった。
「差別」という言葉を聞くと、なんとなく自分とは縁遠いことに感じてしまいがちだった。日本に暮らしていると、自分が明確に差別されているという経験をすることはあまりないので、「白人からの黒人への差別」というような海外の事例をイメージしていたからだ。
しかし本書を読んでいると、差別はもっと身近なところにあり、多層的かつ複雑な構造をしているがゆえに、社会に浸透して取り除くことは難しいものだということに気づく。
作中の例に挙げられていたもので印象的だったのは、韓国内で女性は男性に差別されているけれど、韓国に流れ着いたイエメン難民に対して、韓国の女性は犯罪を恐れる、滞在を拒否するといった特権を行使することができるという例だった。
人間は単純な二分法ではわけられず、たとえば黒人の異性愛者でイスラム教だったら?白人の同性愛者でトランスジェンダーだったら?と様々な立場があり、文脈によって差別する側にも、被差別者にもなりうる。
そして差別の構造は再生産される。自分が被差別者の立場に置かれると、特権的待遇を受けられないがゆえに、差別している側に比肩するほどの能力を身につけることが難しく、「被差別者は劣っているのだ」というレッテルを強化してしまう。
差別をめぐる現代のさまざまな言説にも言及している。女性の登用率を増やすことは、男性に対する差別なのか?どんな人にも、他人を嫌う自由がある?デモによって公共機関に影響を与えるのは迷惑?など、身の回りで聞いたことがあるようなモヤっとする問題についても、差別論の研究者の視点から明晰な捉え方を示唆してくれる。
差別をしないように努力しようで終わりではなくて、差別撤廃法の制定が必要であるるという、制度による解決策を提案しているところも現実的でよかった。





