綾鷹 "桐島、部活やめるってよ" 2025年12月10日

綾鷹
@ayataka
2025年12月10日
桐島、部活やめるってよ
朝井リョウの小説は一度も読んだことがなかったので、今更ながら読んでみた。 チャットモンチー、大塚愛、ラッドウィンプス、EASTBOY...出てくる単語が懐かしくて、なんとも言えない気持ちになった。 この苦しい感情も含めて懐かしい... ・なんで高校のクラスっていこんなにもわかりやすく人間が階層化されるんだろう。男子のトップグループ、女子のトップグループ、あとまあそれ以外。ぱっと見て、一瞬でわかってしまう。だってそういう子達っていなんだか制服の着方から持ち物から字の形やら歩き方やら喋り方やら、全部が違う気がする。何度も触りたいと思ったくしゃくしゃの茶髪は、彼がいる階層以外の男子がやっても、湿気が強いの?って感じになってしまう。 少し短めの学ランも、少し太めのズボンも、細く鋭い眉毛も、少しだけ出した白いシャツも、手首のミサンガも、なんだか全部、彼らの特権のような気がする。 ・僕にはわからないことがたくさんある。 高校って、生徒がランク付けされる。なぜか、それは全員の意見が一致する。英語とか国語ではわけわかんない答えを連発するヤツでも、ランク付けだけは間違わない。大きく分けると目立つ人と目立たない人。運動部と文化部。 上か下か。 目立つ人は目立つ人と仲良くなり、目立たない人は目立たない人と仲良くなる。目立つ人は同じ制服でもかっこよく着られるし、髪の毛だって凝っていいし、染めていいし、大きな声で話していいし笑っていいし行事でも騒いでいい。目立たない人は、全部だめだ。 この判断だけは誰も間違わない。どれだけテストで間違いを連発するような馬鹿でも、この選択は誤らない。 なんでだろうなんでだろう、なんて言いながら、僕は全部自分で決めて、自分で勝手に立場をわきまえている。 僕はそういう人間だ。そういう人間になってしまったんだ。 ・自分達が傷つきそうなことには近づかない。もう一度、自分のこの立ち位置を再確認するようなことはしない。 ひとりじゃない空間を作って、それをキープしたままでないと、教室っていうものは、息苦しくて仕方がない。それをかっこよくこなせるほど十七歳って強くないし、もしそういう人がいたとしても自分はそうじゃないってことだ。 あそこの女子ふたりだって、さほど会話はしてなくてもいつもひとつのMP3プレイヤーをふたりで聴いているし、(別世界にいるような)あの目立つ男子三人だって、他の元気な男子を巻き込んだりして何かと群れている。 あいつだって、ポニーテールを左右に揺らしながら笑って、大きな目を見開いたり細めたりしながら、一番おしゃれできらきらしている女子のグループの中にいる。女の子のほうが早く大人になっていくって、たぶん本当のことなんだろう。 ・僕はに光を浴びて揺れる茶髪や、パオマやベルトについたチェーン、きれいに整えられた眉に落書きだらけのスリッパ、「上」にはあって自分にはない 全てをそこに見ていた。 僕らは気づかない振りをするのが得意だ。 気づくということは、自分の位置を確かめることだからだ。 ・「次、体育か」 武文はばたんとキネマ旬報を閉じ、自分のロッカーまで体操着を取りに行った。次、体育か、なんて改めて思いだしたように言ったけれど、たぶん朝から武文の頭の中は体育でいっぱいだったはずだ。だって僕もそうだ。男子の体育はサッカー。サッカーってなんでこうも、「上」と「下」をきれいに分けてしまうスポーツなんだろう。 ・ほんとなんよ、友達から聞いたもん、メイとサツキはもうこの世にはいないんだって。 あいつの、今よりも三年分幼い声が頭の中でかすかに揺れる。きれいな空を見ると思い出す。あの日がきれいな青空だったかなんて忘れたけど、きっとあいつがこの空みたいに透明で清々しいから思い出すんだ。今まで起きたうれしかったことや楽しかったことを大声で叫んだとして、その全部を吸い込んでくれそうな空。 記の空の分だけ大地がある。世界はこんなに広いのに、僕らはこんなに狭い場所で何に怯えているのだろう。 ・体育でチームメイトに迷惑をかけたとき、自分は世界で一番悪いことをしたと感じる。 体育でチームメイトに落胆されたとき、自分は世界で一番みっともない存在だと感じる。 僕は武文の背中を見ながら思った。大丈夫、サッカー映画を撮りたくなったら、ルールを覚えるところから僕と一緒にやればいいんだから。だから、もうちょっとだけでも、背筋を伸ばして走ろうよ。 世界はこんなに広いんだから。 ・僕らには心から好きなものがある。それを語り合うときには、かっこいい制服の着方だって体育のサッカーだって女子のバカにした笑い声だって全て消えて、世界が色を持つ。 ・梨紗がクラスで目立つのもわかる。梨紗だけじゃない、いつも私と一緒にいる沙奈、かすみ、みんな人を惹きつける外見を持っている。高校生活を送る上で女子にとって必要なものって、まず最低限は外見だ。その点私はラッキーだったな、なんて自分で思う。 細い一重で太り気味で髪の毛脂っぽかったりなんかしたら、それだけで友達できないって、どんだけ中身が面白いヤツでもさ。 ・小さくなっていく梨紗の背中を見ながら思う。高校生って不平等だ。たぶん人間的に梨紗より魅力的な人なんて、クラスにたくさんいる。だけど外見が魅力的じゃないから、みんな梨紗に負けるんだ。 ・くだらないかもしれないけど、女子にとってグループは世界だ。目立つグループに入れば、目立つ男子とも仲良くなれるし、様々な場面でみじめな思いをしなくてすむ。だって、目立たないグループの創作ダンスなんて、見ている方までもみじめな思いになる。 どこのグループに属しているかで、自分の立ち位置が決まるのだ。 だけど、時々、なぜだか無性に、どんな子でもいいからたったひとりだけの親友が欲しいと思うときがある。笑いたくないときは笑わなくてもいいような、思ってもないことを言わなくてもいいような、そんな当たり前のことを普通にできる親友が欲しいと思うときがある。私たちは、そんな気持ちを隠すように髪の毛を染めたり爪を磨いたりスカートを短くして、面白くもないことを大声で笑い飛ばす。 ・夕陽を浴びた爪はぴかぴかと光っている。ちゃんと見てないからわからないけれど、きっと今日もピンク色に塗られているのだろう。胴体をほっこりと覆っているベージュのカーディガンは今日もサイズが大きくて、スカートをほとんど隠してしまっている。 あかぶかの袖からほんの少し出た指と、ちいさな背中に背負ったEASTBOYの学生カパンと、赤と白のチェックの靴紐と、きれいにアイラインで囲まれた二重まぶたと高い声と甘えた喋り方と、とにかくすべてが計算されている。私はかわいくておしゃれで目立つ女の子なんだよ、と、全身が主張している。 俺の彼女はかわいい。確かにかわいい。 だけどたぶん、それだけだ。 ・きれいだ、山なりの眉毛もサラサラの髪の毛もしっかりしたアイラインも、ピンクの 頰も爪もマフラーも。 だけど俺は、本当にたまに、だけど強烈に、沙奈をかわいそうだと思う。 宏間の後ろ乗るのスキー、と、沙奈は勝手に俺の自転車の荷台にまたがっている。短いスカートのすそからのぞく細くて白い脚をぱたぱたさせながら、パンツ見えたらどうしょー、なんて笑っている。 沙奈はきっと、これからずっとああいう価値観で生きていくんだろう。カバンの奥の方に手を突っ込み、自転車の鍵を取り出す。「わーいニケツだニケツだー」と、喜ぶ沙奈。ダサいかダサくないかでとりあえず人をふるいにかけて、ランク付けして、目立ったモン勝ちで、そういうふうにしか考えられないんだろう。 だけどお前だってそうだろうが、と、夕陽に長く伸びる自分の影を見て思った。 ・ミスすんなよー!と友弘が尖った声を出す。今のは俺のミスってことで片づけられるんだな、と頭の中で確認して、シューズのつま先をトントンとした。ああやってミスしても、ミスすんなよーとか言ってくれる感じの奴もいないって、やっぱちょっと、さみしいよな。映画部の奴を見て思う。自分がミスしたのにそれすらもなんとなくもみ消されて、自分がいないように扱われて、女子なんかにそれを笑われて、なんかやっぱ、むなしいよな。 しっとりと汗で湿った肌の上を、風が足早に走り去っていく。 だけど、そんな気分も全部一瞬でなくなってしまうくらいのものが、あいつらにはあるんだ。 どっちがむなしいんだろうな、俺と。 ・あのぼさぼさのまゆ毛の下にあった瞳は、いつまでそんなカバンで登校してきてるんだよ、って、もういいんだよ、って、言ってくれていた。 キャプテンは今まで、練習の日程も試合の日程も、全部連絡してくれていた。だけど明日の練習試合なんて、俺は知らない。 もういいんだよ、気にするな、って、キャプテンは俺の肩に手を置いた。 夕陽よりも何よりもやさしい温度のてのひらを、俺の肩の上に、置いた。 はじめからサボるつもりなら、こんな重くて大きなカバンで学校に来ない。馬鹿みたいに道具だって毎日ちゃんと持ってきて、だけどサボることで誤魔化していた。 一番怖かった。 本気でやって、何もできない自分を知ることが。 ほんとは真っ白なキャンバスだなんて言われることも、桐島も、ブラスバンド部の練習の話も、武文という男子の呼びかけも、前田の「わかってるよ」と答えたときの表情も、全部、立ち向かいも逃げもできない自分を思い知らされるようで、イライライライライライラして、 背中でひかりを浴びる。 ・リュックを背負い直して、駅までの道を頭の中で確認しながら、私は、いまさっき自分で言った言葉、自分が思ったことの輪郭を、もう一度なぞる。 自分が好きだから。 私は「ジョゼと虎と魚たち」が好きで、同じクラスにもそれを好きな子がいる。ただそれだけのことだ。それなら、話しかけたほうが絶対に楽しい。絶対に楽しくなる。そんな単純なことなのに、どうしてこれまで踏み出せなかったんだろう。 靴経を固く結び直す。明日の放課後にしよう、話しかけるの。足もとがきゅっと固められて、頭の中によぎった小さな決意もいっそうその形をはっきりさせた気がした。
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