
たなぱんだ
@tanapanda
2025年2月20日

人魚が逃げた
青山美智子
読み終わった
感想
ネタバレなし
温かみのあるストーリーと、鮮やかな伏線回収が光る一冊だった。
「本屋大賞」に5年連続ノミネートされている著者だけど、今年こそ受賞してもおかしくない仕上がりだと思う。
物語の舞台は銀座。
「僕の人魚が、いなくなってしまって……逃げたんだ。この場所に」
そんな謎めいた言葉を残し、「王子」と名乗る青年が銀座の街をさまよい歩く。
まるでアンデルセンの『人魚姫』から抜け出してきたかのような彼の存在が、いつの間にか人々の心に変化をもたらしていくーー。
本書は、そんな「王子騒動」を軸にした5人の人物に関する連作短編。共通しているのは、彼らが人生のどこかで迷子になっていること。仕事や人間関係に疲れ、前に進むのが怖くなってしまった彼らが、「王子」との出会いをきっかけに少しずつ前を向いていく。
落ち込んだ時、フィクションに触れることで気持ちを切り替えられる。「王子」は、まさにそんな小説が持つ力のメタファーのようだった。そして、「この作品そのものが読者の背中をそっと押してくれるような存在だ」というメタ的な構造になっているのが面白い。
そして、読後はぜひもう一度、表紙をじっくり眺めてほしい。ミニチュア写真家・田中達也さんが手がけたカバーアートには、物語を読んだ後だからこそ気づく、細やかな仕掛けが散りばめられている。
伊坂幸太郎の『アイネクライネナハトムジーク』のような、心にじんわりと染みる爽やかな読後感。
優しい気持ちになりたいとき、そっと手に取りたくなる物語。