
たなぱんだ
@tanapanda
2025年2月19日

エビデンスを嫌う人たち
リー・マッキンタイア,
西尾義人
読み終わった
感想
表紙のインパクトに反して、著者自身が地球平面説支持者の集会に潜入するなど想像以上に人間臭くて泥臭いエピソードが描かれている。書き味もエモくて、サイエンス本というより上質なノンフィクション。いい意味で裏切られた。
著者が掲げるのは「対立ではなく対話」。単に科学的・論理的な正論をぶつけるのではなく、相手が何を信じ、なぜその考えに至ったのかを理解しようとする。そして、そこから信頼関係を築き、対話を重ねていくことの重要性を説いている。
象徴的なのは、原著のタイトルが 『How to Talk to a Science Denier』(科学否定論者と話す方法) であり、『How to Talk to Science Deniers』(科学否定論者たちと話す方法) ではないこと。著者が意識しているのは、「集団」としての科学否定論者ではなく、目の前にいる「一人ひとり」と向き合うこと。レッテルを貼るのではなく、一個人として対話することが何よりも大事だと教えてくれる。
特に第7章で描かれる、遺伝子組み換え作物(GMO)をめぐる論争が圧巻だった。相手は著者の長年の友人であり、科学者でありながらGMOに否定的な立場をとる人物だ。信頼関係があるからこそ、真正面からぶつかり合い、互いの立場を理解しようとする姿が描かれている。これこそが、科学否定論に対処するための本質なのかもしれない。
また、この本自体は「科学的思考の大切さ」を説く本だが、その裏側で「文学の重要性」が浮き彫りになっているとも感じた。著者も指摘するように、人は動揺をもたらすような大事件に直面し、心理的に不安定になると、何かすがる「物語」を求めてしまう。その「物語」が陰謀論やカルト宗教の教義になってしまうことが、科学否定論の根底にある問題だ。もし、そうした「乾き切ったスポンジ」のような心に、より良い物語を提供することができたなら、それは科学否定論に対する予防策になり得る。それこそが、文学が社会にとって必要な理由なのだろう。そんなことに考えを巡らせる余白の大きさも持ち合わせた一冊だった。
単なる理屈やデータだけで陰謀論に対抗するのではなく、信頼と対話を通じて相手の心を動かす。読後、暖かな余韻が残った。
