糸太 "春の雪" 2025年12月13日

糸太
@itota-tboyt5
2025年12月13日
春の雪
春の雪
三島由紀夫
今年は三島由紀夫生誕百年らしい。年末になって気がついて、これもなんかのタイミングだと手に取った。 遺作ということもあり、どうしても割腹自殺と結びつけて文章を追ってしまう。もちろん真意など知るべくもないが、それでも物語を通じて描き出される世界は美しくありながら雄弁である。 「個性のことを考えているんだ」 たとえば清顕の友人である本多の語りには、明治が過去になりつつある時代ならではの苦悩が滲む。 歴史の大きな流れに比べたら、個人などないに等しいほど小さい。とは言え、小さくとも自分の成し遂げたことが、未来に社会を変える一助になるかもしれない。でも、もう生きてはいない自分にとって、そこには何の意味があるだろう。 「それが歴史というものだ、と人は言うだろう」 頭ではわかる。けれども本多は、自分が意志の人間であることをやめられないと嘆く。そして、自分には理解できない佇まいでこの時代と向き合う清顕に、寄り添っていくことを決める。 「海と陸とのこれほど壮大な境界に身を置く思いは、あたかも一つの時代から一つの時代へ移る、巨きな歴史的瞬間に立会っているような気がするではないか。そして本多と清頭が生きている現代も、一つの潮の退き際、一つの波打際、一つの境界に他ならなかった」 タイトルを思い起こさせる。どこまでも広く深い海は、どんな比喩をも溶け込ませてしまう。 それにしても、不勉強ながらあらすじも知らずに読み始めたものだから、最後の一文には結構な衝撃を受けた。 嘘だろ。 どうすんのよ、これから。 はやく第二巻を求めなくては。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved