回寅治 "限局性激痛" 2025年12月15日

回寅治
回寅治
@Mawari_trahal
2025年12月15日
限局性激痛
限局性激痛
ソフィ・カル,
佐野ゆか,
青木真紀子
自身のメンタルヘルス不調に気づき夕暮れの公園で1時間だけ読んだ。 写真が良いなと思った。今まで、作品としての写真からは、たとえ被写体が人であっても計算され尽くした無機質さの手触りを感じていた。だが今日読んだときはそうではなく、むしろ親しみや視点の空気感のようなものが感じられるほどだった。 文章に書かれた「痛み」について、私の現状の不安感や焦燥感がそこにすっぽりとはまったからだろうか、他人事のようには思えないものだった。悲しさが極大値をいくときってこういう景色の見え方がするよな、という共感。 ソフィ・カルの行った、自分の「痛み」を相対化し忘れられるまで他の人と互いの「痛み」を共有するプロジェクトでの語りもしみじみとした共感があった。言葉上では何が辛かったか明確に記述されているわけではないけど言わずとも感じてしまうような辛さ。形を変えて語られるソフィ・カルの言葉は日に日に良くなるということはなく、語り方を変えていろいろな形の棘が見えてくるようなものだ。だから、相手の痛みもきっと全体のほんの一部なのだろうと思いながら聞く。それは私の現在の不安感や焦燥感について考えた時もそうなのだろうな、と少し楽になった。一度で全体は把握できないし、繰り返すことで別の側面の恐怖を見つけるかもしれないが、それでも長期的にみたら忘却のプロセスに乗れているように思えたのだ。私もこのプロジェクトに参加してみたかったとさえ思った。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved