限局性激痛

9件の記録
回寅治@Mawari_trahal2025年12月15日読んでる借りてきた自身のメンタルヘルス不調に気づき夕暮れの公園で1時間だけ読んだ。 写真が良いなと思った。今まで、作品としての写真からは、たとえ被写体が人であっても計算され尽くした無機質さの手触りを感じていた。だが今日読んだときはそうではなく、むしろ親しみや視点の空気感のようなものが感じられるほどだった。 文章に書かれた「痛み」について、私の現状の不安感や焦燥感がそこにすっぽりとはまったからだろうか、他人事のようには思えないものだった。悲しさが極大値をいくときってこういう景色の見え方がするよな、という共感。 ソフィ・カルの行った、自分の「痛み」を相対化し忘れられるまで他の人と互いの「痛み」を共有するプロジェクトでの語りもしみじみとした共感があった。言葉上では何が辛かったか明確に記述されているわけではないけど言わずとも感じてしまうような辛さ。形を変えて語られるソフィ・カルの言葉は日に日に良くなるということはなく、語り方を変えていろいろな形の棘が見えてくるようなものだ。だから、相手の痛みもきっと全体のほんの一部なのだろうと思いながら聞く。それは私の現在の不安感や焦燥感について考えた時もそうなのだろうな、と少し楽になった。一度で全体は把握できないし、繰り返すことで別の側面の恐怖を見つけるかもしれないが、それでも長期的にみたら忘却のプロセスに乗れているように思えたのだ。私もこのプロジェクトに参加してみたかったとさえ思った。
なかちきか@susie_may41412025年7月28日買った@ サンブックス 浜田山サンブックス浜田山で購入。 会計の時、店長さんが「売っている自分がびっくり」とおっしゃったお値段だったけれど、原美術館での展示を見たことが、自分には重要な体験だった(要するに癒されたのかも)と思ってきたので、買った。 展示も、また見ることができるだろうか。

川@river12162025年5月12日読み終わったこのあいだ読んだときには他人の痛みの語りを自分の失恋(ごとき)の癒しに利用するなんてとんでもない女だ(♡)と思ったのだけど、実際に原美術館へ展示を観に行き彼女の失恋を追いかけていると、帰る頃には美しいあなたの傷が癒されてなによりです、という気持ちになっていた。 それじゃあ何を読んでいたのだろうと不安になってまた読んだ。やっぱりとんでもない女だった。 刺繍された文字を生で見たから?文字が大きかったからかもしれない。自分を信頼できない読者だと思った。







