綾鷹
@ayataka
2025年12月15日
夜のピクニック
恩田陸
高校の伝統行事「歩行祭」(24時間で80kmを歩く)を舞台に、主人公である甲田貴子が、クラスメイトで異母兄弟でもある西脇融に声をかけるという「小さな賭け」を胸に挑む物語
とても爽やかな物語だった。
もっと学生時代・青春を大切にしておきたかったな〜と思いつつ、この感情は自分が大人になったから感じるのだろうな。
その時々のかけがえのなさは後になってから気付くことの方が多い。
ありきたりだけど今を大切にしたいと思わせてくれる小説だった。
・みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね
・おまえが早いところ立派な大人になって、一日も早くお袋さんに楽させたい、一人立ちしたいっていうのはよーく分かるよ。あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ。もちろん、おまえのそういうところ、俺は尊敬してる。だけどさ、雑音だって、おまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。
おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う
・記憶の中で、あたしは、西脇融は、どんな位置に収まっているのだろうか。あたしは後悔しているのか、懐かしく思い出すのか、若かったなと苦笑いするのか。早く振り返られればいい。早く定位置に収まってくれればいい。だけど、今あたしは、まだ自分の位置も、自分がどんなピースなのかも分からないのだーー
・融は幸せだ。貴子は、二人の後ろを歩きながらそう心の中で呟いた。
母親や、友人や、女の子たちから無償の愛(内堀亮子はどうなのか分からないが)を与えられているし、それを当たり前だと思っている。なのに、恐らく、彼自身だけは自分が幸せだとは思っていないのだ。まだ自分は何も手に入れていないと思っている。
・「でもさ、もう一生のうちで、二度とこの場所に座って、このアングルからこの景色を眺めると
となんてないんだぜ」
忍は例によって淡々と言った。
「んだな。足挫いてここに座ってることもないだろうし」
そう考えると、不思議な心地になる。昨日から歩いてきた道の大部分も、これから二度と歩くことのない道、歩くことのないところなのだ。そんなふうにして、これからどれだけ「一生に一度」を繰り返していくのだろう。いったいどれだけ、二度と会うことのない人に会うのだろう。
なんだか空恐ろしい感じがした。
・よく持ちこたえたものだ、と融は自分の足ながら感嘆した。とてもじゃないけど、自由歩行を終えられると思わなかったのに、ここまで辿り着いた。
感謝感謝、と誰にでもなく彼は心の中で呟いた。
俺は、世界中に感謝する。
・歩行祭が終わる。
マラソンの授業も、お揃いのハチマキも、マメだらけの足も、海の日没も、缶コーヒーでの乾杯も、草もちも、梨香のお芝居も、子形の片思いも、誰かの従姉妹も、別れちゃった美和子も、忍の誤解も、融の視線も、何もかもみんな過去のこと。
何かが終わる。みんな終わる。
頭の中で、ぐるぐるいろんな場面がいっぱい回っているが、混乱して言葉にならない。
だけど、と貴子は呟く。
何かの終わりは、いつだって何かの始まりなのだ。

