
くりこ
@kurikomone
2025年12月18日
![世界2025年12月号[雑誌]](https://m.media-amazon.com/images/I/51v1fn3XPvL._SL500_.jpg)
まだ読んでる
まだ少ししか読めていないけどどの論考もとてもいい!
特に、『生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか』の著者大竹裕子さんの「トラウマを脱植民地化する ジェノサイド後のルワンダから」。
トラウマについて新しい気付きを与えてくれたのが良かった。
1,資本主義社会の中で社会構造の周縁に立たされている人達の傷つきは、西洋で生まれた、トラウマ、PTSD概念ではとらえられない。(そもそも、その知識体系が西洋の男性中心社会において構築された、医療帝国主義を支えているため)
2,PTSD治療は、紛争地帯では個人を治すのではなく、共同体を再生する「社会の治療」が求められている。
3,元々人間には、お互いに繋がりあい、共同体の中で自らを癒していく自然治癒力が備わっている。それを支えることが本来の支援
紛争で断絶され傷ついたルワンダ人たちが、共同体の中で互いに信頼しあい助け合っている姿に心を打たれたし、本来世界中の人がこういうことをしたら薬もいらないし、高いPTSDの自費治療もいらないのに・・・と思った。大竹さんの「人間が、人間として、人間と関わるとき、その関係性は「トラウマ」を超えていく。私はみんなとともに生きることに没入した」という言葉で泣きそうになる。
ルワンダの共同体の在り方は、ウブントゥという東南アフリカ地方に住む人々に共有されている「I am because you are---あなたがいてくれるから私もいることが出来る」という倫理思想で成り立つ。これって、先進国だって本当はそうなんだよね。昨今、新自由主義的価値観ですべて問題が個人化されていて、西洋医学も個人を治すという考えがベースにあるけど、何の病気でも深堀したらその人の社会状況を表しているわけだから社会を治療しないなんて変なことやってるよなー。
そもそも、人が傷つくという事は、言葉を奪われるという事だと思う。だから、傷ついた人に言葉を与えるという事が支援となるし、更に考えれば言葉は体の状態を表しているのだから、終盤で、「ダンス、アート作成など体を伴う何かを一緒にしながら身体性を通じて繋がることで深い連帯感が生まれる」と大竹さんが書かれていたのは、腑に落ちる。
ここ最近の、排外主義的政治家の言説で人と人が分断され孤立が深まっていることを酷く憂いていたのだけど、希望を感じたし、私も癒しの共同体の一員になれるよう行動していきたいと改めて思った。




