世界2025年12月号[雑誌]
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13件の記録
くりこ@kurikomone2025年12月29日まだ読んでるボブマーリーはシオニストか。を読む。 1、シオニズムが、ブラックナショナリズムを刺激してアフリカ各国の独立の礎となったこと、ブラックナショナリズムがKKKが通じ合っていたこと。 どれも排外主義的政策を打ち立てるのだから、当たりまえと言えばそうなのだけど、この論考を読むまで意識してなかった。 2,「近代的国民国家の建設過程において、国民を定義する時、「人種主義」が必ず問題となる。「誰にその自由と平等を享受する資格があるか」が問題となり、レイシズムが入り込む」 ここを読んだ時、ふと、ジェンダーギャップ指数一位のアイスランドではもはやダウン症児が生まれてこなくなっていることを思い出した(出生前診断が普及しており、ダウン症だと診断が下りると100%堕胎する)。 レイシズムが解決してもセクシズムが残る。セクシズムが解決されても、周縁化されて消える命がある。一番人間が手放せないのは能力主義なのでは。





くりこ@kurikomone2025年12月20日まだ読んでる「ふたつのジェノサイド ドイツ 植民地主義の遺産」を読む。 今『ナチスに抵抗した人々』を読んでいる最中だったのでとてもタイムリーな論考。 ドイツが国家として支援した最初のジェノサイドはホロコーストではなく、ナミビアでのヘレロ族、ナマ族に対する大量虐殺だったとは知らなかった。今日、ドイツのAfDが生まれた原因がこの虐殺の延長戦にあるとのこと。


くりこ@kurikomone2025年12月18日まだ読んでるまだ少ししか読めていないけどどの論考もとてもいい! 特に、『生きることでなぜ、たましいの傷が癒されるのか』の著者大竹裕子さんの「トラウマを脱植民地化する ジェノサイド後のルワンダから」。 トラウマについて新しい気付きを与えてくれたのが良かった。 1,資本主義社会の中で社会構造の周縁に立たされている人達の傷つきは、西洋で生まれた、トラウマ、PTSD概念ではとらえられない。(そもそも、その知識体系が西洋の男性中心社会において構築された、医療帝国主義を支えているため) 2,PTSD治療は、紛争地帯では個人を治すのではなく、共同体を再生する「社会の治療」が求められている。 3,元々人間には、お互いに繋がりあい、共同体の中で自らを癒していく自然治癒力が備わっている。それを支えることが本来の支援 紛争で断絶され傷ついたルワンダ人たちが、共同体の中で互いに信頼しあい助け合っている姿に心を打たれたし、本来世界中の人がこういうことをしたら薬もいらないし、高いPTSDの自費治療もいらないのに・・・と思った。大竹さんの「人間が、人間として、人間と関わるとき、その関係性は「トラウマ」を超えていく。私はみんなとともに生きることに没入した」という言葉で泣きそうになる。 ルワンダの共同体の在り方は、ウブントゥという東南アフリカ地方に住む人々に共有されている「I am because you are---あなたがいてくれるから私もいることが出来る」という倫理思想で成り立つ。これって、先進国だって本当はそうなんだよね。昨今、新自由主義的価値観ですべて問題が個人化されていて、西洋医学も個人を治すという考えがベースにあるけど、何の病気でも深堀したらその人の社会状況を表しているわけだから社会を治療しないなんて変なことやってるよなー。 そもそも、人が傷つくという事は、言葉を奪われるという事だと思う。だから、傷ついた人に言葉を与えるという事が支援となるし、更に考えれば言葉は体の状態を表しているのだから、終盤で、「ダンス、アート作成など体を伴う何かを一緒にしながら身体性を通じて繋がることで深い連帯感が生まれる」と大竹さんが書かれていたのは、腑に落ちる。 ここ最近の、排外主義的政治家の言説で人と人が分断され孤立が深まっていることを酷く憂いていたのだけど、希望を感じたし、私も癒しの共同体の一員になれるよう行動していきたいと改めて思った。




くりこ@kurikomone2025年12月16日買った読み始めたメルカリでかなりお安く譲っていただけた。 テーマは、「高市以降の政治地図」!これは読まねば!! 宗教右派との距離、フェミニズムは何と戦っているのかが特に読みたい


JUMPEI AMANO@Amanong22025年11月23日まだ読んでるお風呂読書@ 自宅特集2「高市以降の政治地図」から2本読む。 〈ディーツに批判された「文脈依存的」な思考には、誰一人同じ立場におらず、だからこそ、一人ひとりがその状況において身につけた知はなるべく多く社会に提示されることが社会不正義の是正につながるという含意があった。フェミニストたちはそれを、「状況づけられた知(シチュエイティッド・ナレッジ)」と呼び、異なる文脈におかれた一人ひとりが、その知をもって社会において声を上げることの大切さを訴えた。〉 岡野八代さんも書いている通り、本当にこういう声や知がますます届かない(届くことが期待できない)社会になりつつある...
JUMPEI AMANO@Amanong22025年11月22日読み始めた@ 電車〈本稿はメディアをとおして鳴り響く極右政治家の怒号を論じるのでなく、あるいはリベラリズムの復権を提唱する首相の演説をとりあげるのでもない方法で、現在の政治に対する歴史的な介入を試みたい。わたしたちは未来や現在のために過去を忘却したり否定したりするのでなく、過去の内部に潜む、現在の線引きを揺さぶる契機を探してみたい。本稿が試みるのは過去への介入であり、旧宗主国に生きる私たちが脱植民地化を論じるための導入である。〉 『世界』創刊1000号。福永玄弥さんの論考より。まさに今、こういう「〜でもない方法」での「試み」が必要だと思う。





