
本屋lighthouse
@books-lighthouse
2025年12月19日
イメージ、それでもなお(989)
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン,
橋本一径
読み終わった
TOUTEN BOOKSTOREでのイベントのタイトルには「みんな」という文字列があり、イベントの最中に古賀さんから発せられた「みんな」とは誰のことなのか、どこまでを範疇とするのか、という問いにそのときはうまく答えられなかった気がするのだけど、本書を読み終えてようやくこれが答えかもしれないと思えるものが生まれてきた。
自分が経験したことではない事象について想像するということは「自分もそこにいる」と認識(誤認)することではない。あくまでも到達=実現不可能な試みであり、だからこそ永遠に漸近することを要請される。つまりこれはユートピア論なのではないか。「(完全に)わかる」ということはない。だからといって「わからない(から理解するためのあらゆる努力をやめていい)」わけではない。それはホロコーストの片棒を担いだ者たちを完全なる他者として認識し、「私=自分とは異なる存在」として遠ざけることとなる。古賀さんの質問への回答はここにあったのかもしれない。私は〈他者〉を可能な限り作りたくないのかもしれない。その〈他者〉というものはどうにも言語化=定義できはしないのだけど、だからこそ。




