綾鷹 "世界地図の下書き" 2025年12月23日

綾鷹
@ayataka
2025年12月23日
世界地図の下書き
突然の事故で両親を亡くし、「青葉おひさまの家」で暮らすことになった小学生の太輔。悲しみでしばらく心を閉ざしていたが、同じ部屋の仲間たちのおかげで少しずつ打ち解けていく。とくにお母さんのように優しい高校生の佐緒里は、みんなにとって特別な存在。施設を卒業する佐緒里のため、4人の子どもたちは、ランタンに願い事を託して空に飛ばす「蛍祭り」を復活させようと、作戦を立てはじめる・・・・・・ 切なくて温かい物語だった。 結局人はひとりだということが、この境遇の子供達の話だからこそ鮮明に表れている。 結局はばらばらになってしまう。でも離れたくないと思い合えるような人達に出会えたことで、次の一歩を踏み出せるようになる。。 この物語を読んで「対岸の彼女」の「ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてもこわくないと思わせてくれる何かと出会うことのほうが、うんと大事な気が、今になってするんだよね」という言葉を思い出した。 物語の中の登場人物だけど、どの子供達もとても愛おしくて、この子達に希望に溢れる未来がありますようにと願ってしまった。 ・一生口をきいてやらない、と、何度も何度も決意していた気持ちが、お湯の中に入れた氷の粒のように、形をなくしていく。 佐緒里は、眉を下げて太輔のことを見つめている。 「家族だよ。だから、願いとばし、していいんだよ」 朝から雑草を抜き、いろんなところからいろんなものを調達し、つくりあげてくれた家。 「家族・・・・」 太輔が声を痛らすと、右手をぎゅっと麻利に握られた。えへへ、と、下から顔を覗き込まれる。 「お兄ちゃんがもうひとりできた」 麻利はそう言って、もう一度てのひらに力を込めた。とても小さな握力が、太輔の指の関節を包む。 ・私ね、と、続けて、佐緒里は一度唾を飲み込んだ。 「ひとりでこんなところに来て、どうしていいかわからなかった。そんなときに太輔くんが入ってきて・・・弟と同い年で、同じアニメのTシャツを着てた」 太輔は、自分のTシャツの胸のあたりを見る。お母さんに買ってもらった、好きなアニメのTシャツ。 「弟が近くにいるみたいで、嬉しかった。この子のお姉さんになれば寂しくなくなるって思った」 どうしてこの人はこんなにやさしいんだろう、と思っていた。やさしい人はすぐにうらぎる、と思っていた。 「ほんとは私も、太輔くんと同じくらい寂しかっただけなの。お姉さんぶって、自分の寂しさを紛らわしたかっただけ」 ごめんね、と、佐緒里は謝った。太輔は、どうして謝られているのかわからなかった。 ・施設にいる高校生は、施設を出るまでにある一定額の貯金をするようにと言われている。だから、高校生の子たちはほとんどみんなアルバイトをしている。 「高校生になると、塾のお金、出ないんやな。そんなん知らんかった」 ねー、という麻利の明るい声が、淳也のつぶやきを打ち消した。 たまに、自分たちが生きていくためには、自分の力ではどうしようもないところからの支えが必要なのだと実感するときがある。そしてそれは、家で家族と暮らしているクラスメイトも感じていることなのかどうか、よくわからなくなる。 ・「伯母さん」 大輔は足の指をぎゅっと丸める。 「伯母さんは、お母さんの代わりにはなれないよ」キルトを掲げている伯母さんの腕が少し下がる。 「それとおんなじで、おれは、伯父さんの代わりにはなれない」ずっと、不思議に思っていた。 伯母さんは突然、運動会に来た。別々に暮らし始めてもう三年も経つのに、いきなり会いに来た。なぜいま会いに来たのか、なぜいま手紙をくれるようになったのか、太輔にはずっとわからなかった。 伯父さんがいなくなった。だから伯母さんはその代わりを探した。 「なに言ってるの、太輔」 佐緒里がもうすぐいなくなってしまう。だから太輔はその代わりを探した。 「ねえ、こっちを見て」 伯母さんも、おれとおんなじだった。【ずっと一緒にいてくれる】人の代わりを、探さなければいけなくなった。 ・とんでもなく広い宇宙に放り出された気がした。自分は一体、これから、誰と生きていくのだろうと思った。脱げそうになるスニーカーが地面と擦れて音を立てる。心のどこかで、また、戻れるかもしれないと思っていた。お母さんが、お父さんが、ずっと一緒にいてくれる人がいたあの世界に、もしかしたらもう一度、戻れるのかもしれないと思っていた。 もう戻れない。 戻れる、戻れないの話ではない。そんな世界なんて、もうどこにも存在しない。ずっと一緒にいてくれる人なんて、いない。 どこにもいないんだ。 ・伯母さんの家から飛び出したとき、自分は、果てしなく広い宇宙にたったひとりきりで放り出されたような気がした。ここに帰ってくれば、きっと、その宇宙に誰かが入ってきてくれると思っていた。みんなに会えば、何もない宇宙がにぎやかになってくれると肩じていた。 麻利がびしょ濡れになって泣いている。淳也が、今までで一番悲しそうな顔をしている。美保子が泥に汚れたまま、ベッドの上で小さくなっている。 勘違いをしていた。みんな、それぞれの宇宙の中にひとりっきりなんだ。 ・離れたくない。そう思った。 入り口も出口もよくわからないような衝動のど真ん中に、突然、降り立ってしまうことがある。 佐緒里がいなくなったそのあとも、途方もなくひろがる人生の余白。その予感がほのかに薫った気がした。佐緒里はここからいなくなる。それでも自分の生活はこの場所で続いていく。太輔は、だらんとした凧を見つめた。 離れたくないのだ。この人と。 ・「次、うまくいかなかったら、ミホ、もう、お母さんのこと好きじゃなくなるかもしれない。そしたら、ミホにとってのおうちは本当になくなる。そうなったら、もう全部終わり」美保子はぎゅっと膝をたたみこむ。 「今まではずっと、そう思ってた」小さな声が、膝の間に落ちていった。 「でも、みんなでランタン作ってるうちに、そうじゃないかもって」空の真ん中でランタンは揺れる。 「新しいおうちでうまくいかなくたって、お母さんのこともう嫌いになっちゃったって、そのあと、また、ここが新しいおうちですって言えるような人に会えるかもしれない。毎日、夜中まで一緒にランタン作れるような、みんなみたいな人に」 ・麻利は、膝と膝の間に顔をうずめている。 「麻利がクッとられて裸足で帰ってきたとき、もうあの学校から逃げようって思った。いつまでもがまんして、いつまでも同じところにおる必要なんてないって、あのときやっと気づいた」 佐緒里が麻利にポケットティッシュを渡している。ティッシュの白さが夕闇の中で鈍く光る。 「ぼくな、絶対、アリサ作戦を成功させたかった」 淳也の顔はすがすがしい。 「それでも変わらん人がおるってことを、麻利に知ってもらいたかった」施設に美保子の担任の先生が来たとき、太輔は、あんなにも堂々と大人に向かっていく淳也を初めて見た。 「でも、自分たちでこんなにもすごいことができるって、自分たちだけは変われるんやって、そうも思いたかったんや」 話し続ける淳也は、どこからどう見ても笑顔だ。 太輔はそれがとてもかなしかった。 ・淳也の顔はすがすがしい。 「それでも変わらん人がおるってことを、麻利に知ってもらいたかった」施設に美保子の担任の先生が来たとき、太輔は、あんなにも堂々と大人に向かっていく淳也を初めて見た。 「でも、自分たちでこんなにもすごいことができるって、自分たちだけは変われるんやって、そうも思いたかったんや」 話し続ける淳也は、どこからどう見ても笑顔だ。 太輔はそれがとてもかなしかった。 ・「太輔くん」 佐緒里がこちらを見る。 「これから中学生になって、高校生になって、大人になって、もっとたくさんの人、たくさんのことに出会うよ。いままで出会った人以上の人に、いっぱい出会うの」 お母さん。お父さん。伯母さん。伯父さん。みこちゃん。淳也。麻利。美保子。佐満里。いままで出会った人。これまで生きてきた世界にいた人。 「その中でね、私たちみたいな人が、どこかで絶対に待ってる。これからどんな道を選ぶことになっても、その可能性は、ずっと変わらないの。どんな道を選んでも、それが逃げ道だって言われるような道でも、その先に延びる道の太さはこれまでと同じなの。同じだけの希望があるの。 どんどん道が細くなっていったりなんか、絶対にしない」 ・「また、こんなふうに、私のために町じゅうにチラシを貼ってくれるような人に、これから出会えるのかな」 佐緒里はそのチラシを見たまま、わあっと泣きだした。 「出会えるよね、絶対」 握りしめられたチラシが、くしゃ、と丸まる。 「希望は減らないよね」 嗚咽の中で、佐緒里は言う。 「そう思ってないと、負けそう」
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