
ヒナタ
@hinata625141
2025年12月24日
エトセトラ VOL.14
福田和子,
高井ゆと里
読んでる
北原恵さんによる「防空壕の女―― ジェンダー/植民地主義から見る 戦争画 の視点 」
戦争画はいろいろあっても「空襲」を描いたものが少ないのは何故か、というこちらの論考がとても興味深かった。
〈上空の爆撃機から地上を見下ろす視点で描いた戦争画は、一般に「前線」の絵にカテゴライズされる。一方、市民の暮らす空間は「銃後」とされる。だが、空襲時には、前線を飛ぶ爆撃機の下の地上は戦場である。つまり空襲は、市民の暮らす「銃後」と「前線」の境界を揺るがす出来事であり、表象なのである。
地上からの防空が機能せず、一方的に被害を受けるだけの空襲の図像は、日本軍や国家が完敗した「敗北の象徴」だと言えないか。被害者としての「空襲」を描いた日本の美術作品が少なく感じられるのは、もしかしたら、「女子供を守る」という戦争の大義が崩れかねない男性性や軍隊・国家のアイデンティティに関係がないだろうか。そして、「銃後=女」「前線=「男」にジェンダー化した二分法は、民間人の空襲被害者への補償がなされないことを自然化しているのではないか。〉
空襲は「敗北の象徴」。『火垂るの墓』で市民目線の空襲を徹底的に描いた高畑勲の特異性に気付かされる。
