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ヒナタ
ヒナタ
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@hinata625141
  • 2026年1月1日
    悪人
    悪人
    平戸の灯台に行ったので不意に読み返したくなった。ちょうど実家にあったし。多分刊行当時(2007年)に読んでそれ以来だと思う。 メインの登場人物だけじゃなく数多くの関係者の視点が次々と重なるドキュメンタリーチックな展開に序盤からぐっと引き込まれる。地方を舞台にしたピカレスクノベルとしてはクラシックレベルに強度の高い作品だなと改めて読んで思った。 〈祐一の車は、唐津市内を抜けて、呼子へ向かう道を走っていた。背後に流れる景色は変わっていくのだが、いくら走っても道の先にはゴールがない。国道が終われば県道に繋がり、県道を抜ければ市道や町道が伸びている。光代はダッシュボードに置かれた道路地図を手に取った。適当なページを捲ると、全面に色とりどりの道が記載されている。オレンジ色の国道、緑色の県道、青い地方 道路に、白い路地。まるでここに書かれた無数の道路が、自分と祐一が乗るこの車をがんじがらめにしている網のように思えた。仕事をさぼって好きな人とドライブしているだけなのに、逃げても逃げても道は追いかけてくる。走っても走っても道はどこかへ繋がっている。〉 この小説を読むと地方の閉塞感を強く感じるのだけど、〈閉塞感〉という言葉には閉じ込められるようなイメージがある。だけど実際に車を走らせれば、その道に終わりがないこと、出口がないことに軽く絶望を感じてしまう気持ちが体感としてよくわかる。ここすごくいい言語化だなと思った。 今読むと恋愛至上主義な時代だな…とも感じるし、追い立てられて恋愛に救われようとする終盤も今ならどうだろうも考えたりもするのだけど、それでも逃避行からのラストまでの二人の切実さやロマンチックさは時代を問わず良いスパイスだなと思ったりもした。 女性の描写だけが過剰に美化されることも露悪化されることもなく、目を背けたいような愚かさは男女関係なく描かれていたのも今読むとかなりフラットだなと思う。 〈祐一は車で何度か走ったことのある佐賀の風景を思い描いた。長崎と違い、気が抜けてしまうほど平坦な土地で、どこまでも単調な街道が伸びている。前にも後ろにも山はない。急な坂道もなければ、石畳の路地もない。真新しいアスファルト道路がただ真っすぐに伸びている。 道の両側には本屋やパチンコ屋やファーストフードの大型店が並んでいる。どの店舗にも大きな駐車場があり、たくさん車は停まっているのに、なぜかその風景の中に人だけがいない。〉 このもめっちゃわかるーーー!!!と思いながら読んだ。ロードノベルとしての再現度の高さもこの作品の魅力のひとつ。 普遍性というのも小説の価値の一つだけど、一方でそこに住んでる人間にしかわからないような空気や情報を物語に閉じ込めるのもまた小説の価値だなと思った。 ひさびさの再読、面白かった。また10年後くらいに読み返して自分がどう感じるか知りたいな。
  • 2025年12月30日
    わたしもナグネだから
    激動の母国を離れ海外で生きることを選んだ、もしくはそうせざるを得なかった韓国人たちへのインタビューを母体としたエッセイ。インタビュイーたちの波瀾万丈な人生に惹かれると同時に、それを語らせた伊東さんもすごいなと思う。 対馬に四三事件の被害者の遺体がたくさん流れ着いていたという話は初めて知った。 〈一九八〇年代、世界中で強権政治に反対する運動が起きていた。その中で韓国や台湾のように民主化を実現させた国もあれば、ミャンマーや中国のように民主化の夢が踏みにじられた国もあった。弾圧から逃れた人たちの一部は日本に、また民主化後の韓国にもやってきた。 第二次世界大戦後、アジアで曲がりなりにも民主主義的な制度を許されたのは日本だけだった。たとえ米占領軍から与えられたものだとしても、それが不完全な民主主義だったとしても(そもそも民主主義に完成形はなく、いつだって途上にある)、私たちには言論と表現の自由があった。そこに韓国も加わった。 今、アジアの民主主義にとって日韓の役割はとても重要だと思う。そうだ、私たちはアジアの民主主義のベースキャンプを作ろう。キムさんとそんな話をした。〉 これを読んで、日本の民主主義は日本に住む人だけのものではないんだな、と目が覚めるような気がした。日本はアジアの他国に対しては侵略したという負の歴史があるけれど、戦後は自分の政府も他の国も軍事政権の批判することのできる言論の自由を手に入れたし、軍事政権下で弾圧され国外に脱出せざるをえなかった韓国や中国やミャンマーの人びとを受け止めてきた歴史がある。そういうことを積み重ねてきたことには自信を持っていいはずだし、そういう歴史がもっとフューチャーされたらいいんじゃないかなと思った。
  • 2025年12月26日
    現代思想2025年11月臨時増刊号 特集=ラフカディオ・ハーン/小泉八雲
    現代思想2025年11月臨時増刊号 特集=ラフカディオ・ハーン/小泉八雲
    ばけばけと重ね合わせながら読んでる。 資本主義、キリスト教、西洋文明という〈大きなもの〉に背を向け、周縁の地を旅し、周縁の文化を愛し、最後は日本に骨を埋めた。 こんな生き方、なかなかできることではない。自分の考えや思想を強く信じていたんだと思う。
  • 2025年12月24日
    エトセトラ VOL.14
    エトセトラ VOL.14
    北原恵さんによる「防空壕の女―― ジェンダー/植民地主義から見る 戦争画 の視点 」 戦争画はいろいろあっても「空襲」を描いたものが少ないのは何故か、というこちらの論考がとても興味深かった。 〈上空の爆撃機から地上を見下ろす視点で描いた戦争画は、一般に「前線」の絵にカテゴライズされる。一方、市民の暮らす空間は「銃後」とされる。だが、空襲時には、前線を飛ぶ爆撃機の下の地上は戦場である。つまり空襲は、市民の暮らす「銃後」と「前線」の境界を揺るがす出来事であり、表象なのである。 地上からの防空が機能せず、一方的に被害を受けるだけの空襲の図像は、日本軍や国家が完敗した「敗北の象徴」だと言えないか。被害者としての「空襲」を描いた日本の美術作品が少なく感じられるのは、もしかしたら、「女子供を守る」という戦争の大義が崩れかねない男性性や軍隊・国家のアイデンティティに関係がないだろうか。そして、「銃後=女」「前線=「男」にジェンダー化した二分法は、民間人の空襲被害者への補償がなされないことを自然化しているのではないか。〉 空襲は「敗北の象徴」。『火垂るの墓』で市民目線の空襲を徹底的に描いた高畑勲の特異性に気付かされる。
  • 2025年12月20日
    本を作るのも楽しいですが,売るのはもっと楽しいです.
    わたしが初めて買った韓国の小説はハン・ガンの『菜食主義者』だった。〈新しい韓国の文学〉と名付けられた、やわらかくて白い表紙のシリーズの一冊目をどういう経緯で買ったのか、自分でもよく覚えていない。だけどすぐに読まず積んだまま、2016年のハン・ガンのブッカー賞受賞のニュースを聞いて慌てて読んだのを覚えている。その『菜食主義者』こそこの本の著者・金承福さんのつくった出版社クオンが一番初めに出した本だった。 クオンの本ではないけど同じ2016年、日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子さんの訳)が出て日本でも女性の間で大きな共感を呼んだ。 それからもうすぐ10年になる。どれだけたくさんの韓国の小説を読んできただろう。二つの国の文学と文学者たちを結んでくれた金さんたちの情熱あってのことだなぁとしみじみ感謝したくなった。 神保町にあるクオンの本屋チェッコリ、実はまだ行ったことないので来年はぜひ行ってみたい。 〈一九七〇年に光州で生まれ八歳まで暮らしたハン・ガンは、「何があっても人間であり続けるということは何なのだろうか」と自問自答しながら小説を書いてきたと、ノーベル文学賞受賞記念講演で語った。 これは私自身もずっと前から自分自身に投げかけてきた問いでもある。人間であり続けるとは何だろうか。ただ人間であり続けるのではなく、「何があっても」という切実な前提がついた質問。人間であり続けるということは、結局、その問いかけ一つを手放さないことなのかもしれない。〉
  • 2025年12月18日
    言葉のトランジット
    言葉のトランジット
    先日読んだ『トラジェクトリー』の著者のエッセイ。中東のルーツを持ち、アメリカで生まれ育ち、日本に長らく暮らしながら、インターネットのある時代もない時代も旅をしてきたグレゴリーさんの思考に浸る。 グレゴリーさんがオーストラリアのバースである女性作家の作品を見た時のこと。 〈作品に添えられた、ヒル自身の説明文によると、これらの絵に描かれているのは、一九五〇年代にオーストラリアで行われた強制的同化の政策だそうだ。先住民のコミュニティーは核家族ごとに分けられて国家が用意した住宅で、白人の指導者の下、新しい生活習慣を教え込まれたという。ヒル自身もその制度を経験させられたのだ。 ヒルの絵を見ながら、僕が到着したときから抱いていた違和感が、より明確になってくる。この土地まで広がり、その他の言葉と文化を容赦なく追い出す英語の脅威を感じずにいられない。 皮肉なのは、いうまでもなく僕が生まれた故郷にも似たような歴史があるということだ。先住民との対立は別に隠された歴史ではない。過酷な未開の地へ果敢に臨んだ開拓者なんていうイメージは、国民的な伝説となっている。日本語で「欧米」と「西洋」という言葉が違和感もなくほぼ同義的に使われているくらい、北米大陸におけるヨーロッパの植民地主義は残酷で徹底的なものだった。二十世紀に入った時点で、僕の故郷には強制的に同化させるほどの先住民はもはやいなかった。 馴染みの言葉と文化がバースにもあるということに対して僕が違和感を覚えるなら、先 に故郷の歴史から考えるのがいいだろう。〉 こういう視点にハッとさせられる。
  • 2025年12月17日
    「なむ」の来歴
    「なむ」の来歴
    翻訳家・斎藤真理子さんのエッセイ。韓国、沖縄、そして東京。さまざまな土地に根を下ろしながら言葉や文学を通して社会を見る斎藤さんの文章、とても素敵。 〈読むたびに尽きない発見がある。そして随所に戦争の匂いが漂う。「これが正しい事だと云って/戦争が起ったこれが正しい事だと云って/終戦になった」(「その眸」)と振り返るのは住友銀行の深山杏子さん。この詩集には従軍、抑留、戦災、引揚げの記憶と共に、朝鮮戦争の勃発と日本の再軍備という現実が書かれている。隣の戦争で日本経済が潤っていくのを、多くの人が窓口でひたひたと感じていたはずだ。詩でなければできないやり方で、歴史の中の個人が浮き彫りになっている。この国はどこをぐるりと一周して今に至ったのかと、七十年前の本を読みながら考える。〉 〈何てつまんないんだろう! でも、気がきいてなくても、「イイネ」がつかなくても、自分にとって違和感のない語彙を積み重ねて地道に考えていかないと、これからの時代、自分がもたない。〉
  • 2025年12月10日
    明治のナイチンゲール 大関和物語
    時期朝ドラの原案と聞いて読んでみたのだけど、出自だけ見ると大関和さんは明治に没落した武家の娘という、ばけばけのモデルの小泉節さんと同じ境遇だった。大和さんは嫁に行ったけど苦労して離婚し、まだシングルマザーという言葉がない時代にシングルマザーになる。 明治は女に人権のない時代だが、アメリカから来た宣教師や女性の教育者たちによって日本にもフェミニズムの風が吹く。大和さんはキリスト教や英語、看護など海外から学びながら、それが難しい時代に「女の自立」を実現していたことがまぶしい。 朝ドラの民としては廃娼運動やクリスチャンである大和さんの一面がどう描かれるのか楽しみ。
  • 2025年11月30日
    フクロウ准教授の午睡
  • 2025年11月28日
  • 2025年11月24日
    友達だった人 絹田みや作品集 (熱帯COMICS)
    表題作はもちろん他の短編もよかった。友達とコミティアに初参加する話好き。
  • 2025年11月23日
    文学アルバム・小泉八雲
  • 2025年11月20日
    ほんのかすかな光でも
    ほんのかすかな光でも
    名前のつけられない女性同士の関係と記憶の物語たち。読みやすいのに一読では読み切れた気がしないのでもう一度じっくり読みたい。
  • 2025年11月16日
    アメリカひじき・火垂るの墓
  • 2025年11月13日
    天文学者は星を観ない
    天文学者は星を観ない
    宇宙のこと、大学のこと、子育てのこと。天文学者ってこんなことしてるのかーと覗き見するような面白さもあれば働く母親としての日々への共感もあり、フラットな視点とユーモアのある文章の読み心地が良かった 訳者さんのあとがきによればタイトルに月の入ってる小説や映画はくまなくチェックされてるそうでそっち系のレビューも読んでみたいなって思った(『紙の月』の月考証おもしろかった🌒→🌔) このエッセイで韓国初の宇宙飛行士イ・ソヨンさんのことを初めて知った。ほんとは別の男性に決まってたのだけど彼自身の起こしたトラブルによって直前に彼女が行くことに決まって、でも世間の一部はそれを受け入れられず彼女が容姿ディスも含めバッシングされたという話、日本の話かな?と思うくらいに性差別に関しては本当に日本と韓国の社会はよく似てる…
  • 2025年11月8日
    戦争みたいな味がする
    戦争みたいな味がする
    帝国日本に生まれ、朝鮮戦争に巻き込まれ、米軍相手の売春で糊口をしのぎ、やがてアメリカの白人しかいないような田舎街で孤独に、そして果敢にコリアンとしてサバイブし、ゆっくり心を壊していった母の人生を、娘として、そして社会学者としての著者が見つめ直した記録。 ひとりの人間の中にこれほど複雑なインターセクショナリティが存在することを丁寧に可視化し、と同時に、何にもカテゴライズすることのできない母の人生への敬愛に満ちていて泣けた。 読みながら、沖縄の女性のこと、慰安婦問題、『ばけばけ』のおナミさんのこと、そして日本に置き去りにされ風俗で働かされた12歳のタイの女の子のこととかも、ぐるぐると考えざるを得なくてつらかった。
  • 2025年10月31日
    文藝 2025年 11月号
    十代のころ山田詠美に夢中だった。市の図書館で手に取った『放課後の音符』を開くと良い香りがした。前に読んだ人が香水をふったのだ。良くない行為であるけど、この本を手に取る人間同士ならわかりあえる、そんな特権的な喜びがあったように記憶してる。デビュー40周年おめでとうございます! 柚木麻子×王谷晶、対談が最高なのはもちろんお二人の写真が素敵すぎます!!カラーで見たかったー!
  • 2025年10月31日
    トラジェクトリー
    トラジェクトリー
    ばけばけ絡みで知った本(併録の「汽水」に小泉八雲の名前が出てくる)。表題作は芥川賞の候補になったそう。日本の大学で教鞭を取るアメリカ人の著者による日本語の小説。 二つの短編に共通するテーマはやはり「言語」で、英語/日本語だけでなく、それぞれの標準語/なまり、話し言葉/書き言葉にまで枝分かれし、言語というものがどれだけ深く個人の生活や記憶に根ざすのか、改めて考えさせられて面白かった
  • 2025年10月31日
    ハンチバック
    ハンチバック
    単行本は電書で買って読んだんですが、文庫化されたのでこちらは紙で購入。荒井裕樹さんとの往復書簡も掲載誌は持ってるんですが(だいぶんファンだな…笑)、さらに一往復追加されていてうれしい。 「妊娠と中絶がしてみたい」という切実さが、障害者と性(生殖とエロも含む)をこんなにも〈存在しない〉ことにしてしまっている社会の、そして〈健常者〉の欺瞞をボロボロと剥がしていく。切れ味も凄いんだけど笑いもあるところがいい。 往復書簡の中の「プロテストソングがあるならプロテストノベルもあってもいい」という市川さんの言葉が好きです。市川さんのプロテストノベル、これからも読み続けたいです。
  • 2025年10月31日
    女の子の背骨
    女の子の背骨
    併録の「オフィーリア23号」に撃ち抜かれた。 「女は存在しない」という言葉とともに死んだオフィーリアの絵を不特定多数に飛ばしたその指が存在することを選択した彼女たちの石像に触れるまで、あらゆる共感も連帯も同情もカテゴライズも要約も冷たく跳ね除けて最後に石像に触れた肌の体温だけがじんわりと残る。 市川沙央さんの小説、硬質でクールで噛みごたえがあって大好きです。何度も読んじゃう。 表題作も読んだけどまだうまく消化しきれてない感じ。また何度か読んで考えよう。
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