
ジクロロ
@jirowcrew
2025年12月27日
ヘタレ人類学者、沙漠をゆく
小西公大
読み終わった
しかし、感謝をされないということは、これほど苦しいことなのか。それは裏返すと、僕は感謝という名の「見返り」を求めていた、ということなのか。あれほど感情を露わにすることに長けている人々だ。全身で、フルの感情で、救われたことへの感謝を表現してもいいじゃないか。「助かった!」「ありがとう!」と涙を流してくれてもいいではないか。
(p.241)
違和感、不満、そして怒り。
それら身体的な反応を、いかにつぶさに掬いあげ、問いに落とし込んでいくか、
その過程を学ぶ。
違和感がもとで別の環境を求めて離れ、
別の環境で違和感を求める。
後者の違和感はファースト違和感を解くための鍵となる。
怒りとは表層における身体的反応、謎解きにおけるフラグみたいなもの。
個人的な違和感は、深く潜っていくと、普遍的な違和感につながっている。
「ヘタレ」という自虐は、読書層を広げるための間口の確保のためのトラップ?であり(自分もそのトラップにかかった一人)、著者は自己を開示し、その自己をフィルターとして忠実に、わかりやすく調査のプロセスを展開していく。
文化人類学、エスノグラフィーを生業とする人たちの本を読むと、いつもそうだけれど、ただただ憧れと感謝の念が絶えない。
「よくぞここまで」、いつもそうだけれど、
この七文字に尽きる。
読んでいて、なぜだかアニメ『幽☆遊☆白書』のテーマソング『微笑みの爆弾』が頭の中に流れ出す。
