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2025年12月29日
戦争と芸術の「境界」で語りをひらく
チョン・ユギョン/Jong YuGyong,
チョン・ユギョン/Jong YuGyong,
山口祐香
SNSで見かけたチョン・ユギョンさんの作品がとても素敵だと思った、ちょうどそのタイミングでこの本が出版されることも知ったのだけど、そのデザインを手がけている方の名前にも見覚えがあった。ああ、これもまさしく信じるべき偶然だ、読むしかないだろう。と思ってから手に取るまでにしばらく時間がかかってしまったけれど、数件のお店を巡ってようやく手に入れて高揚していた帰り道の車中での読書が心地良かったから、この本は移動中の電車で読もう、と決めたのだった。そのせいで読み終わるまでにもちょうど一ヶ月と時間がかかってしまったけれど、それぞれのタイミングで毎回、問いやヒント、興奮や驚きが幾つもあって、最寄駅のホームに降りたあと、ベンチに座って数本の電車を見送ったりもした。毎回とても重要で大切な体験が出来た気がする。
それぞれの立場から、個人の、家族の、そして「ホーム」と思える、思いたい地域の歴史を遡り、国や社会によって既に書かれてしまった歴史に抗するように、改めてそこにある、あったはずの「歴史」を捉え直す。書く、描く、表現する。そこには境界線を引かれ自由を奪われる側の切実さがあって、残酷な悲しみやままならない怒りもあるはず、と想像出来るけれど、今まで顧みられることのなかった人々の生活、境遇、歴史を俯瞰で眺めるような大きい視点ではなく、地に足のついた視点で小さいけれど、なんとか遠くまで出来るだけ幅広く見渡そうとする。そこには今ここにある問題や課題に対する新たな問いやヒントがあるはず。それはきっとポジティブなことだ。個人にも社会にも。そしてそれを読んだり観たり考えたりすることはとても重要で、アートに触れるという意味ではとてもスリリングな体験だ。そんな体験、刺激や興奮は考えることも促す。
「日本社会が繰り返してきた戦争、終わらぬ排外主義」それによって「自由を奪われた人々」。そこ境界線を「引かれ」てしまった人たちがいるならば、そこに境界線「引いた」、自由を奪った人、社会、国もある。この本を読んでいるとき、わたしはそちら側に立っている。立たされている。そこでは何が出来るだろうか。かれら同じ高さの視点で別の方向からそこにある境界線をみつめる。個人の家族の地域、ホームの立場から、一方的ではない「歴史」をこちらでも捉え直す。そしてわたしたちもその境界に立ち、つながり、かれらの「歴史」とわたし(たち)の歴史について「対話」をする。そこにはもちろんぶつかるものがあるかもしれない。それでも衝突を恐れずに、そこで鳴るはずの音(KKWANG!)を大切に抱きしめたい。その衝突や音による刺激は、この本と同じように考える、考え続けることを促してくれるはずだから。
と一晩経っても少し適当なことになってしまった気もするけれど、それでもそれも踏まえてこれからも考え続けていくのだ、ということで書き残しておきたい。
今はカバーのデザインの、白地に呉須の青と「空や海のように『距離』や『余白』象徴する」色としての青を挟んで対峙するオレンジの意味について考えている。





