みーる "普通の底" 2025年11月25日

みーる
@Lt0616pv
2025年11月25日
普通の底
普通の底
月村了衛
あまり期待をせずに読んだが、それなりに楽しめた。川辺優人の人生を川辺からの手紙という形で追っていく。物語の結びではジャーナリストの松井による覚書で川辺という人物像を分析している。本作の解説代わりにもなっている。 この松井の覚書は非常に濃厚であり、ここから読んでも楽しめる。 川辺はきっとどこにでもいる「普通」の人間。波風を立てず敷かれたレールの中で恵まれた人生を送りたい。川辺の行動原理は理解できる。 世渡り上手だと思った。しかし、その行動の根底に潜むのは「他者との比較」。人は誰しも誰かと比べて生きているが、川辺の場合は「周りと比べていいかどうか」が芯となっている。現に川辺は良い大学、良い会社としきりに言う。「そこに行きたい」思いではなく、「そこだと見栄や体裁がいい」評価で動く。「自分が悪いのでしょうか?」と川辺はよく言っていた。川辺の決断には心からの思いや覚悟がない。最善の選択をしようとするからうまくいかなかったとき、誰かや社会のせいにする。川辺は決まって菊地や高井戸の誘いを断り切れない。波風を立てずに迎合した結果、最悪の未来が来る。それをまた他者のせいにする。ただ、自分も川辺のような立場になればそうではないとは言い切れない。 松井の覚書にあった「臆病な優越感」という言葉は、まさに川辺の人物像を言い表していると思う。結局は優越感なのだ。他者より優れていると実感することが生きる源。しかし、挑戦や冒険などは決してしない。 現代は「他者の動向がはっきりと見えすぎてしまう時代」だと思う。他者や社会への解像度が高すぎる。昔は社会そのものがぼんやりとした雰囲気を作っていた。周りもある程度同じような選択をして同じような生き方をする。本当の意味で自分だけの決断や選択はなかったように思う。コミュニティが限られており、いい意味で狭い世界に生きていた。それがしんどい人もいたとは思うが、今はその何倍もしんどいと思う。いろんな人とつながれると言うことは、つまりいろんな人と比べてしまうことになる。「多様性だ」と言われて決断を強いられる。ネットで同年代の活躍を見てしまい焦る。選択肢が矢継ぎ早に流れ込んでくる。自由が故に逆に決断ができない。おまけに生成AIの進化で「考える」という過程が抜け落ちた。考えなくてもいい、でも馬鹿にはされたくない、みんなよりもほんの少しでいいから上にいたい。そういう若者が「闇バイト」に「考えることなく」染まっていくのではないだろうか。川辺はまさに現代の若者をトレースしたような存在であった。本当の意味で川辺は悪くない。運が悪かっただけ。川辺は時代の被害者だと思う。でも、否応なしに川辺のような若者が溢れかえる時代がやってくる。今関わっている子供たちだけでも幸せ感じながら生きられるよう、願うしかないのだろうか。本当に考えさせられる作品だった。
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