みーる
@Lt0616pv
2025年11月26日
老人と海
アーネスト・ヘミングウェイ,
高見浩
読み終わった
借りてきた
短編小説。老いた漁師が海で大きなカジキを獲って戻るだけの話。プロットはとてつもなくシンプル。
だがしかし、老人とカジキの対決の描写から本作の「生命力」が痛いほど伝わってきた。
まずもって、海に出てからカジキと闘い。その後、サメと闘うまでの描写がリアリティにあふれている。海に出たことのない自分でも何をやっているのかがありありと伝わる。心情描写を老人の「ひとりごと」として表現することで老人の人物像もくっきりとしてくる。
本作で象徴的だったものとして「人間の強さ」「命を超えたプライド」が挙げられるだろう。
老人の何としてでもカジキを獲ろうとする熱量。それはカジキを獲ってお金を稼ぎたいだの名声を得たいだのそんなくだらないことではなく、まさに生きざまそのもの。老人のこれまでの人生をカジキに捧げているようであった。
そのためか、カジキへのリスペクトも随所に描かれて、厳しい状況下だかそれを楽しんでいるような印象を受けた。その根底には「海への深い愛」があるのだろう。海に関わるありとあらゆるものと関わりながら生きている実感があるからこそ。命の削り合いの場面がほとんどなのにどこか清々しさを感じた。
そして、獲ったカジキがサメに喰われる場面。老人がカジキに申し訳なく思うところが印象的だった。カジキは敵だ。人間と魚。でも、カジキの生きざまは自分自身の鏡のようなものだったのだろうか。サメも悪いことなどしておらず、ただ自然の摂理に従ったまで。手に汗握るカジキとの闘いから一転、自然の残酷さ唐突に突然描かれる。老人は海を女に喩えていた。
まさに気分によって天使にも悪魔にもなることを表していた。
「こんなときあの子がいてくれりゃ」という台詞がたびたびあった。本音で言えば助けて欲しいのだろうが、この命を賭けたバトルを一緒に体験して伝えたかったのだろう。
本作における「命」とはきっと「プライド」だろう。単なる生き死にはそこには及ばないのだ。物語の終末、ほとんど喰われてしまったカジキをみてとてつもない寂しさに襲われた。自慢できたとか稼げたとかそう言う話ではなく、老人の人生が削られてしまったような気がした。
短編でありながら静と動の両方を兼ね備えた素晴らしい小説だった。
「人間は叩きつぶされても、負けやせん。」