みーる
@Lt0616pv
2025年11月27日
コンビニ人間
村田沙耶香
買った
読み終わった
「普通」とは何かというテーマは「世界99」でも語られていた。本作の主人公、古倉恵子はどこか如月空子のようだ。まるでそこにいないかのような印象を受ける。
「コンビニバイト」は時限爆弾のようなもので、社会の当たり前(就職、結婚、子ども、家庭)が迫るにつれて爆発する。「コンビニバイト」=社会から弾かれた人間という無意識的な刷り込みがこの世界にはきっとある。自分も同じだ。結婚をしたことにより社会の中に一歩深く関わった気がする。要は社会が求める「普通化」に一方近づいたかのような。その一部になったかのような。そのせいか、指輪を付けているだけで勝手に相手が想像してくれる。家庭を持っているんだな。誰かと住むことができる最低限の社会性を備えているのだなと。勝手に物語を作ってくれる。そこに安心感を覚える。だから、僕は恵子のような人がいたら、ダメだと分かっていても「36歳でコンビニバイトか」ときっと思ってしまう。
村田さんは「異質なもの」をとんでもなくグロテスクなまでにリアルに描く。その異質で何かが足りない人物を主人公に据えることで、「普通」とは何かと強烈に問いかけてくる。
白羽は個性的なキャラクターだか社会と適応できないままあのような人間になってしまった。だが、裏を返せば白羽も「普通」になりたいのだ。社会に入りたいのだ。恵子も同様に、朝のコンビニで社会の一部として歯車になることに喜びを覚えていた。恵子にとってその場がコンビニだっただけだ。コンビニという無機質でパッケージ化され、一切の異物を排除しされた場所。幼少期、自分は何かを治さなければならない存在だと認識して以来、コンビニのような決められたものに身を委ねることで自分を保ってきたのだろう。
多様性とはいうが、その裏で「普通圧力」は年々強まっているように感じる。選択肢が広がり、なんでも認める世の中になると正解がわからなくなる。不安になる。だから、これが「普通」と決めてしまう。社会全体で決めてしまう。そうすることで安心して生きていけるから。でも、昔と変わったのは「それを誰かに悟られてはならない」ということ。「普通」「みんなと同じふり」をしなければいけないこと。
作中、口調についての描写があったが、やはり同じ社会で生きるには話し方すらも同化した方がいいだろう。「普通」であるために。みんな言わない。本当のことは。
店長と泉さんが恵子のことを内心どう思っていたのか、白羽さんとの関係を知ったときそれが明るみになった。白羽のセリフに「普通な人が普通じゃない人を裁くのがこの世界」とあったが、店長と泉さん、その他諸々の登場人物は2人に囃し立たり、悲しんだり、怒ったりしていた。まるで自分たちが「普通」で2人が「異端」かのように。その構図はまさに現代そのものだ。人は勝手に物語をつくり、誰かに怒りを向けたり哀れんだりすることで「普通」なのだと実感する生き物なのだ。
終末、恵子がコンビニ人間として生まれ変わる場面。結局バイトに戻るのかとは微塵も思わず、感動すら覚えた。恵子が初めて自分で決断した瞬間だったのからかもしれない。コンビニバイトという立場に救われる人もいるのだ。
「普通」という価値観そのものを壊すのが「世界99」だとしたら、本作は「普通」の外にいる人間の生き方を描いていた。「普通」なんてものは何かの拍子でガラッと変わる。恐ろしく順応できる人間が怖い。「普通」世界に身を置いてるはずだろう自分だが、人と関わるときは古倉恵子を思い出そう。「普通は〜」とは言わないようにしよう。あくまでも一つの立場に過ぎないから。そう思えるような作品であった。