
橘海月
@amaretto319
2024年4月3日
じっと手を見る
窪美澄
読み終わった
「倦んでいる」という言葉を初めて知ったのは、江國香織の小説だった。まだ小学生の主人公が、母親が放つその言葉の意味を計り知れずにいたように、若い私にもピンとこなかった。今ならその感覚もよくわかるし、これはそんな倦んでいる人達を描いた物語だ。
富士山が見える地方で、介護職につく日菜と海斗。専門学校の同級生だった彼らは、つきあったり別れたり、無下にしたり執着したりをくり返しながら「倦んだ」生活にほとほと嫌気がさしている。皮肉にも、彼らが仮初につきあう相手と決定的に異なるのは、彼らにはひたすら選択肢がないというところだ。
いざとなれば親の金で借金返済できる、いつでも違う職場に県をまたいで引越しできる、そんな身軽な相手と違って自分にはここに留まらないとならない理由がある。裏返せば人生の選択肢がない。そんな状況で黙々と日々介護の仕事を行いながら、いつしか自身の存在すら危うくなってゆく。そんな不安と恐さ。