橘海月 "水たまりで息をする" 2025年6月14日

橘海月
橘海月
@amaretto319
2025年6月14日
水たまりで息をする
全編を通して、主人公衣津実の心情が淡々と語られる湿度の高い物語。東京で共働きマンション住まい、共に三十半ばの夫婦で子供はいない、望んだけどできなかった。どこにでもいる二人の日常は、夫の研志が風呂に入らなくなるにつれ、徐々に歪んでゆく…。 印象的なのは「風呂に入らなくなった夫が臭ってゆく」という異常事態に、最初は「ねぇお風呂入らないの?」と声をかけていた主人公が、声をかけるのを躊躇ううちに、それが日常となってゆくところだ。取り乱す義母が怖いくらい普通の人であると同時に、淡々と過ごす主人公もまたごく普通なのだと思う。 だって、声をかけたところで変わらないでしょう?夫は穏やかで優しい昔のままなのに、ただ風呂に入らないだけ…。それは諦めにも似た境地で、積極的に受容はできないが突き放すこともできない。義母や同僚といった他者を切り捨てさえすれば、夫婦だけの箱庭でこれまでのように穏やかに過ごせるのだ。 私はおかしな夫婦の非日常が日常化する物語がわりと好きで『水たまりで息をする』を読んでいるうちに、綾瀬まる『森があふれる』を思い出していた。これは表紙の美しさも含めて素晴らしかった。密かに狂ってゆく配偶者から離れない選択をする者もまた、狂気を抱えているのだろう。
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