読書猫 "文学界 2025年 11月号" 2025年10月14日

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@bookcat
2025年10月14日
文学界 2025年 11月号
(以下、本文抜粋) ”栗原 身体のような姿は見えないけれど、人間と同じように言葉を操るわけですから、当然僕らはそこにいるものが我々と同じような思考をするものだと考えてしまう。そこにいるのはAIであって人間ではないけれども、人間と同じだと思ってしまうわけです。じゃあ今、我々が日々利用している生成AIは、本当はどのくらいAIに近いものなのか?というと、実はAIは薄皮饅頭なんですよ。ただし中身は空っぽなんです。人格錯覚とおっしゃいましたけど、人格があるように思えても、中身は本当に空っぽ。でも僕らがそこに勝手に人格を感じてしまうのは仕方がないし、逆に人格を感じる人間の方こそ、人間らしい人間とも言えるわけです。“ ”村田 AIはいろいろな言葉や文章を読み込んだ学習の成果ですが、不思議なのは、私が今喋っている言葉も、私だけで作り上げたものではないですよね。自分の言葉も、今まで読んできた本や作家さん、その人が影響を受けた作家さんとか、いろいろな人の言葉が混ざって生成されている。私は自分をコップのように考えています。コップにたくさん水が入って、なんらかが生成されて、今の言葉が出てきている。そういう意味ではAIと変わらない部分もあると思うのですが、AIの場合は、薄皮だから中身がない。“ (「AI倫理の先にあるもの」 村田沙耶香×栗原聡) ”ChatGPTは言葉である、ということが重要です。言葉に対してある種の敏感さがある、そういう人も画面の向こうにパーソナリティを感じてしまう。”小説のキャラクターの方が、周りにいる人たちより自分にとってリアリティがある”と思う人も少なからずいますが、それとよく似ていると思います。要するに、文学を紐解くように、ChatGPTに人格を見出す。人工知能を作っている側としては、いまは人格を想定していないし、パーソナリティも心も持っていないし、記憶も持っていない。ただの文字反射装置なのですが、受け取る側は、そこにそれ以上のものを見ている、ということですね。“ (「なぜ人はAIと話すのか」 三宅陽一郎)
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