"愛の渇き (新潮文庫)" 1900年1月1日

咲
@lunar_mare
1900年1月1日
愛の渇き (新潮文庫)
だめなのよ。 誰もあたくしを苦しめてはいけませんの。 誰もあたくしを苦しめることなぞできませんの。 恕して頂戴。あたくしは苦しんだのよ。こうする他なかったのよ。 素足で歩いては足が傷ついてしまう。歩くためには靴が要るように、生きてゆくためには何か出来合いの「思い込み」が要るの。 あたくしの、あたくしだけの、「思い込み」。 それを邪魔する者は、世界から喪われ、捻じ曲がる。 「それでも私は幸福だ。私は幸福だ。誰もそれを否定できはしない。第一、証拠がない。」 見える物を見ないことで生まれる、星の王子様的幸福論がここにあるのね。 「何もかも呑み込んでしまわねば。何もかもしゃにむに目をつぶって是認してしまわねば。この苦痛をおいしそうに喰べてしまわねば。 砂金採りは砂金ばかり掬い上げることはできはしないし、また、しもしないのだわ。盲滅法に河底の砂を掬い上げる、その砂のなかに砂金がないかもしれないし、またあるかもしれないのだわ。その在不在を前以て選ぶ権利は誰にもありはしないのだわ。 そうして更に確実な幸福は、海に注ぐ大河の水をのこらず呑み込んでしまうことだ。 私は今までそれをやって来た。今後もやるだろう。 私の胃の腑はきっとそれに耐えるだろう。」 悦子の幸福は、求めてやまない男に狂おしく求められ、それを素気無く拒絶し、別の男からそれを嫉妬され、嫉妬のあまり殺されること、だったのではないかしら。 あの時、鍬の矛先は、全方向に落とされる可能性を持っていた。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved