愛の渇き (新潮文庫)

15件の記録
六花@rikka-momohana2026年9月22日読み終わった最後に来て、あらら、ミステリーに。嫉妬、利己主義、幸せと不幸、是認、田園。悦子と弥吉の奇妙な共犯的関係、老いた弥吉と若々しい三郎の対照的な身体。日光、陽射し、光り、眩しさ、提灯、篝火、焚火、月の光り、火傷と発熱。皆が満たされていない。浅子が暴露した、というところに意味を感じる。戦後の、東京ではない、大阪の農園という地理にも。三島由紀夫の文体は厄介だけど、嫌いではない。
おかりな@maron_mi_ran2026年8月27日恥ずかしながら逆張りしていて今更三島作品を初めて読んだ。表現力があまりに卓越していて、一つ一つ豊富な語彙を用いて繊細で緻密に描写されており脱帽。作家によって文章の癖や手触りがありその好みは私にもわかるのだけど、これほどまでに文章の上手さを感じさせる作家はいないのでは。内容は浮気性の旦那に先立たれた未亡人の悦子が旦那の実家別荘で舅と愛人関係を結びながら、その家に使える青年に恋をし嫉妬に狂っていくというもの。 若き青年三郎はその若さゆえに殺されたんじゃないかと私は考察している。悦子の嫉妬は根深く一見矛盾した行動のように思われるけど孕ませた美代のことも、自分のことも愛していないその半端な態度はあまりに苦しませる。私もかなり三郎にはかなりイラつかせてもらった。悪意のない素直さは時として大きな罪になる。けど澁澤龍彦のエロティシズムで語られていたように男は自由を求めるからこそ愛してるだの愛してないだのそうした言葉の型に嵌ることは極度に抵抗がある生き物なのかもしれない。とはいえ幸せな生き方は出来ないよねとスカッと出来ました
よる@tokitamayahho-2026年1月27日読み終わった借りてきた『容易な方がいいに決まってる』と彼女は考えた。『なぜかといえば、生きることが容易な人は、その容易なことを生きる上の言訳になどしないからだ。それというのに、困難のほうはすぐ生きる上の言訳にされてしまう。生きることが難しいなどということは何も自慢などなりはしないのだ。』 『愛しさえしなければ、人と人がつながり合うことなんか楽にできる。愛しさえしなければ…』 『行動の記憶は感情の記憶に比べて、何という跡方のなさであろう。』
咲@mare_fecunditatis1900年1月1日読み終わっただめなのよ。 誰もあたくしを苦しめてはいけませんの。 誰もあたくしを苦しめることなぞできませんの。 恕して頂戴。あたくしは苦しんだのよ。こうする他なかったのよ。 素足で歩いては足が傷ついてしまう。歩くためには靴が要るように、生きてゆくためには何か出来合いの「思い込み」が要るの。 あたくしの、あたくしだけの、「思い込み」。 それを邪魔する者は、世界から喪われ、捻じ曲がる。 「それでも私は幸福だ。私は幸福だ。誰もそれを否定できはしない。第一、証拠がない。」 見える物を見ないことで生まれる、星の王子様的幸福論がここにあるのね。 「何もかも呑み込んでしまわねば。何もかもしゃにむに目をつぶって是認してしまわねば。この苦痛をおいしそうに喰べてしまわねば。 砂金採りは砂金ばかり掬い上げることはできはしないし、また、しもしないのだわ。盲滅法に河底の砂を掬い上げる、その砂のなかに砂金がないかもしれないし、またあるかもしれないのだわ。その在不在を前以て選ぶ権利は誰にもありはしないのだわ。 そうして更に確実な幸福は、海に注ぐ大河の水をのこらず呑み込んでしまうことだ。 私は今までそれをやって来た。今後もやるだろう。 私の胃の腑はきっとそれに耐えるだろう。」 悦子の幸福は、求めてやまない男に狂おしく求められ、それを素気無く拒絶し、別の男からそれを嫉妬され、嫉妬のあまり殺されること、だったのではないかしら。 あの時、鍬の矛先は、全方向に落とされる可能性を持っていた。









