おかめ "晴れの日の木馬たち" 2025年12月31日

おかめ
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@okame
2025年12月31日
晴れの日の木馬たち
年末年始のお供に「これはゆっくり大事に読もう」と思っていたのに、気づけばあっという間に読み終えてしまった一冊。原田マハさんの最新刊『晴れの日の木馬たち』です。 読み進めるうちに、三年前に訪れた富岡製糸場の風景を思い出しました。 訪れたのは、世界遺産・富岡製糸場。かつて家族のために親元を離れ、懸命に働いた少女たちの寄宿舎や、当時の生活の跡。その景色が、主人公・星(すてら)の日々と重なり、私は物語の世界へ深くダイブしていました。 あの日、工場の敷地内に工女たちのための「学びの場」があったことを知り、少し安堵したのを覚えています。過酷な労働環境の中でも、読み書きや計算を学ぶ権利が守られていたこと。 本作でも、大原孫三郎が工員たちの生活向上のために学びの機会を講じ、実践していく描写があります。時代背景は違えど、学びが人を人たらしめ、絶望から救うのだという事実に、今の時代に教育を受けられる大切さを改めて噛み締めました。 晴れたり、曇ったり、雨が降ったり。 息が止まりそうな気持ちも、絶望も、やるせなさも、それでも立ちあがろうとする強さも。マハさんはそれらを整理も評価もせず、ただ同じ場所に並べてくれます。 61ページには、たくさん(数えたら16個)の感情の言葉が並んでいます。 こんなにも細やかに、曖昧で、名前をつけにくい一つひとつ色の違う気持ちにまで、ちゃんと居場所を与えてくれる人がいる。それらが「ある」と認められていることが、ただ嬉しかった。 うまく言葉にできなくても、気持ちを抱えているだけでいいのだと、教えてもらった気がしました。 それは「自尊心が高まった」というよりも、「ああ、私はちゃんと生きている側なんだ」と静かに思えた、という感覚に近いものでした。 言語化できずにもがいていた自分の中の〈素養〉に、ビタミンのような栄養をもらって、少しずつ言葉にできるようになった。だから私は、本を「紙上の家庭教師」だと思っています。 終盤に、こんな一文があります。 「昨日の自分より今日の自分のほうが、ほんの少し成長しているような気持ちにもなる。」 いまの私には、この「ほんの少し」という言い方がとても響きます。 肩の怪我で、大好きな着物を着て茶道で思うようなお点前ができず、行き詰まる日もあります。 でも、この本を読んでから、こう思えるようになりました。 ――このままでもよくて、でも、ほんの少し気づけたことを、成長として受け取ってもいいのだと。 あとがきも解説もなく、インタビューによれば続編があるとのこと。 次の一冊も、また静かに心を養ってくれるのだろうと思うと、今から楽しみです。
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