
おかめ
@okame
言葉が心や生き方をつくる
- 2026年1月17日
- 2026年1月13日
赤と青のガウン彬子女王読み始めた - 2026年1月8日
校正者の日記 二〇一九年牟田都子読み終わった - 2026年1月5日
暗幕のゲルニカ原田マハ読み終わった『暗幕のゲルニカ』を閉じて。 2026年1月5日、原田マハさんの『暗幕のゲルニカ』を読み終えました。 膨大な文献と、多くの協力者の手によって紡がれたこの物語。 私の「紙上の家庭教師」であるマハ先生が教えてくれたのは、ピカソの『ゲルニカ』に込められた真実、そして「アートで世界を救えるのか?」という、祈りにも似た切実な願いを感じました。 世の中にはまだ、私の知らないことばかり。 けれど、知ることで世界はこんなにも広がるのだと教えられました。 その扉のひとつが、私にとっては「アート」です。 まだまだ初心者ですが、マハさんの作品に触れるたび、アートを愛し、守りたい、守り抜いてほしいという気持ちが静かに芽生えています。 私という存在は小さな「点」に過ぎないけれど、一人ひとりの想いがつながって、いつか確かな「線」になれたら……そんなふうに願わずにはいられません。 物語の中で、主人公の瑤子を支える上司としてティム・ブラウンが登場した瞬間は、思わずニヤリとしてしまいました。 『楽園のカンヴァス』ではまだ若手のアシスタントだった彼が、今では頼れるチーフキュレーターに。 戦争の悲惨さに目を覆いたくなる場面も多い中、ティムとの再会は大きな癒やしであり、架空の人物であっても、誰かの存在がこれほどまでに力をくれるのだと気づかされました。 読者の心を掴み、動かしていく。そんなマハさんの魔法が散りばめられた一冊。 読み終えた今日、奇しくも現実の世界ではベネズエラ攻撃のニュースが流れてきました。 いつか本物の『ゲルニカ』を前にして、そこに描かれた阿鼻叫喚の叫びに戦慄し、圧倒される瞬間を味わってみたい。 そして心から、アートが守られる平和な世界を祈りたいと思います。 - 2026年1月4日
おせち (こどものとも絵本)内田有美気になる - 2026年1月4日
ふつうの人が小説家として生活していくには津村記久子気になる - 2026年1月4日
西の魔女が死んだ梨木香歩 - 2026年1月4日
デトロイト美術館の奇跡原田マハ - 2026年1月4日
- 2026年1月4日
- 2026年1月4日
ジヴェルニーの食卓原田マハ読み終わった - 2026年1月4日
ゴッホのあしあと原田マハ読み終わった - 2026年1月1日
- 2026年1月1日
たゆたえども沈まず原田マハかつて読んだ何度も読み返してるこの著書は五十を超える文献をもとに、多くの協力のなかで生まれた史実に基づくフィクションです。 けれど私には、史実以上に人の心のやさしさや誠実さを描いた物語のように感じられます。 この本に出会う少し前、私は「ヘレーネ・クレラーコレクション」のゴッホ展を観に行っていました。その余韻のなかで読み進めるうちに、私は自然と「理解者」という言葉を思うようになりました。 マハさんは別の著書で「アートは友達」と書いています。その言葉を思い出しながら、私はヘレーネとマハさんの二人を、ゴッホの理解者なのだと感じました。 ゴッホはしばしば「狂気の画家」と語られがちですが、私はそのたび、少し寂しくなります。絵よりも苦悩ばかりが先に語らられてしまうことが、どこか悲しいのです。 だからこそ、この本に描かれる人々ーーテオへの手紙を書く林忠正、作品を集めるヘレーネ、そしてそれを物語にしたマハさんーーそうした人たちが、ゴッホのそばに「理解しようとする存在」としていることが、私はとても嬉しかった。 とりわけ、林忠正の手紙にある「在らん限りの友情を込めて」という一文は、読むたびに私の心をそっと整えてくれます。いまでは、それが私の静かなよりどころのひとつです。 - 2026年1月1日
詩と散策ハン・ジョンウォン,橋本智保まだ読んでる『愛し合うふたりがつき合った日数を数えるように、私は雪に出会った日を数える。初雪、二回目、三回目……十回まで数えた年は、なんともいえないほど美しかった。』 翻訳者の橋本さんの力を借りながら、この素晴らしい一節を読めること、ハン・ジョンウォンさんの紡ぐ言葉のセンスに恍惚としながら読んでいます。 - 2026年1月1日
- 2025年12月31日
晴れの日の木馬たち原田マハ読み終わった続編楽しみ!年末年始のお供に「これはゆっくり大事に読もう」と思っていたのに、気づけばあっという間に読み終えてしまった一冊。原田マハさんの最新刊『晴れの日の木馬たち』です。 読み進めるうちに、三年前に訪れた富岡製糸場の風景を思い出しました。 訪れたのは、世界遺産・富岡製糸場。かつて家族のために親元を離れ、懸命に働いた少女たちの寄宿舎や、当時の生活の跡。その景色が、主人公・星(すてら)の日々と重なり、私は物語の世界へ深くダイブしていました。 あの日、工場の敷地内に工女たちのための「学びの場」があったことを知り、少し安堵したのを覚えています。過酷な労働環境の中でも、読み書きや計算を学ぶ権利が守られていたこと。 本作でも、大原孫三郎が工員たちの生活向上のために学びの機会を講じ、実践していく描写があります。時代背景は違えど、学びが人を人たらしめ、絶望から救うのだという事実に、今の時代に教育を受けられる大切さを改めて噛み締めました。 晴れたり、曇ったり、雨が降ったり。 息が止まりそうな気持ちも、絶望も、やるせなさも、それでも立ちあがろうとする強さも。マハさんはそれらを整理も評価もせず、ただ同じ場所に並べてくれます。 61ページには、たくさん(数えたら16個)の感情の言葉が並んでいます。 こんなにも細やかに、曖昧で、名前をつけにくい一つひとつ色の違う気持ちにまで、ちゃんと居場所を与えてくれる人がいる。それらが「ある」と認められていることが、ただ嬉しかった。 うまく言葉にできなくても、気持ちを抱えているだけでいいのだと、教えてもらった気がしました。 それは「自尊心が高まった」というよりも、「ああ、私はちゃんと生きている側なんだ」と静かに思えた、という感覚に近いものでした。 言語化できずにもがいていた自分の中の〈素養〉に、ビタミンのような栄養をもらって、少しずつ言葉にできるようになった。だから私は、本を「紙上の家庭教師」だと思っています。 終盤に、こんな一文があります。 「昨日の自分より今日の自分のほうが、ほんの少し成長しているような気持ちにもなる。」 いまの私には、この「ほんの少し」という言い方がとても響きます。 肩の怪我で、大好きな着物を着て茶道で思うようなお点前ができず、行き詰まる日もあります。 でも、この本を読んでから、こう思えるようになりました。 ――このままでもよくて、でも、ほんの少し気づけたことを、成長として受け取ってもいいのだと。 あとがきも解説もなく、インタビューによれば続編があるとのこと。 次の一冊も、また静かに心を養ってくれるのだろうと思うと、今から楽しみです。 - 2025年12月29日
- 2025年12月27日
好日日記―季節のように生きる森下典子読み終わった - 1900年1月1日
九十一歳、銀座きもの語り村田あき子,西端真矢気になる読みたい
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