柿内正午 "「手に負えない」を編みなおす" 2026年1月1日

「手に負えない」を編みなおす
名著。まず序文がよいし、書き出しもよい。しかし序文と書き出しの軽やかさに対して、そこから始まる第一部の文章はずっと小説の書き出しの数段落のような重さが持続していて、それはつまり「これはどういうものとして書かれ読まれるのか?」を一文ごとに問い直すような書きぶりということで、書かれ読まれる根拠がどこにもないまま、そのつど書かれることそれ自体が読まれる理由となるかもしれないという薄い信だけをよすがに手探りしていく書き方だ。立ち上げる瞬間瞬間の重たさがずっと続く。この粘り強さはなんだろう、と驚嘆する。こちらもずっとどう読めばいいのかわからないまま、読んでいくほかない。 このような五里霧中の自縄自縛のまどろっこしさこそが作家・友田とんの真骨頂なのであり、この本ではついに友田さんのナンセンスな実践を、読者は相対化して笑うのではなく一緒になぞっていくことになる。しかも、今回はそれだけでは終わらないのだ。 第一部の粘り強い調整と観察を経て、すっかり友田とんの方法へとチューニングされた読者の体は、第二部においてなされる奔放な「飛躍」に怯まなくなっている。むしろ共に可笑しさを見出して喜ぶようになっている。友田とんという固有の存在が抱え持つ記憶と環境のレイアウトが組み変わり、あらたな相貌を見せ始める様子を一緒になって発見できるようになる。 この本の読み口は、日々のマッサージのようでもあり、読んでいる間は痛さや圧迫感もあるかもしれないが、読み終えた直後は「ああ気持ちよかった」と軽やかになるだろう。毎日を頑張る心身はまた凝っていくだろう。そうしたら、また友田とんが読みたくなる。つねに手許に置いておきたい本は少なくないが、行きつけの整体師や鍼灸師のような本というのはなかなかない。
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