
食いしん坊ちぇりぃ
@yummyyummycherry
2025年12月20日

読み終わった
家族の積読になっていたので先に読んでみた。タイトルと内容にギャップを感じて挫折しそうになりつつも、近代以降の労働と読書の関係性を辿った先にどんな「なぜ」への答えが書かれているのか気になって読み進め読了。
私がちゃんと読めていないのか…結論としては「なぜ働いていると本が読めなくなるのか、なぜなら働いているからです」というトートロージー的なところに帰結している気がして、ちょっとズコーとなっちゃった。個人的な体感としては、労働より育児の方が読書との噛み合わせは悪い。
今回読んで違和感を感じたところをまた違うタイミングで読み返してみたいので備忘メモ:
⭐︎「労働者の読書」や「カルチャーセンター受講」の動機として、コンプレックスを補うためという建て付けが度々用いられていて、やや抵抗感があった…純粋な知識欲や好奇心、“ノイズ”を積極的に取り入れたい前向きな姿勢を認めず、n数の限られたサンプルをもって特定のクラスターに「コンプレックスを抱く人々」という視線を向けているところが気になった。その視線が私にも向けられているような気がしたから気になったのかな…?
⭐︎ 教養的なノイズとは異なるものの、ネットはマーケターがフィードしてくるノイズに満ちている気がする。ネットでノイズをどの程度排除できるかはサイトのアルゴリズムや個人の検索リテラシーに依存するような…ネットからはノイズのない情報、本からはノイズを含んだ知識を得られると単純化できるのだろうか。ノイズの意味を私が取り違えてる…?
⭐︎ひとつのことだけをするのが楽…?仕事だけしていることや育児だけしていることを楽とは全く思わなかったけど、言わんとしていることはなんとなく分かる。楽というより気持ちよくなれる、という感じかな。有限リソースを一極集中で投入すると効率良く成果を上げられてドーパミンで脳が気持ちよくなって、その中毒性から逃れられなくてひとつのことだけしちゃうっていうのはあるかもね。若いハイパフォーマーの子は特に。



