
咲
@lunar_mare
1900年1月1日
鳩の撃退法(下)
佐藤正午
上巻の始めからずっと、あなた、あなたと、読者は小説から呼びかけられながら読み進める。
そして終盤。
「な、聞こえているか。僕のことばは、あなたに届いているか?」
「読者のつかない小説は、書いても書いても未完成か?この小説の存在は、無か?ひとに読まれない小説をなんのために書いているのか、理由がわからない。わからないままここまで来てしまったと、あなたには伝えておきたいのだ。伝えておきたいのだ、と強く書いても、読むひとがいなければどこのだれにも伝わらないわけだが、それでもあなたに聞いてほしいのだ」
孤独な小説家は、よりにもよってひねくれて、大衆に愛された「ピーターパンとウェンディ」の引用を、この、誰が読んでくれるかもわからない小説のいたるところに散りばめた。
ピーターパンは、そこに大勢の読者がいると疑いもなく信じ、子どもたちに向かって「もし、きみたちが信じてくれるなら、手をたたいてください。ティンクを殺さないでください」と呼びかける。
そして、当然のように、ティンカーベルは息を取り戻す。
そんなことを信じて小説を書けたならば、どんなに世界は違って見えることか。
表紙にコーヒーの染みがついたピーターパンは、紛失しても、手放しても、そのたびに津田伸一の手もとに戻ってきた。
伝書鳩のように。
運命は丸い池を作る。
池を回るものはどこかで落ち合わなければならぬ。
事実を曲げて書いた小説が、つまり現実から遠ざかろうとしたストーリーが、一周して現実の先へと出てしまう。
気がつくと、うしろから現実が抜き返そうと追ってくる。
本書もぐるぐると時系列を何周も回り、最後はまた、何も知らなかった頃の津田伸一に戻ってくる。
同じところを回りながら、微妙にずれた軌道を描き、雪上の轍は深さを増していく。