
咲
@mare_fecunditatis
1900年1月1日
複眼人
呉明益,
小栗山智
読み終わった
私は一体、何を読んだのだろう。
壮大な読後感が新鮮。大きなものに触れたような感覚が、肌身に残る。
ワヨワヨ人。
木のごとく背丈が伸び、花のごとく生殖器が突き出し、貝殻のごとく頑なに時が過ぎゆくのを待ち、海亀のごとく口元に笑みを浮かべながら死んでいく。
太平洋をゆっくりと漂流する巨大なゴミの島が、台湾に衝突する。
傍観のみで介入できないことを唯一の存在理由とする複眼人。
滑落。
教会という名の山。
七羽目のシシッド。
激しい激しい雨が、今にもやって来る。
「今日の海の天気はどうか?」「よく晴れている」
少年は、海に行ってしまう。
「自然は残酷なものではないよ。自然はただ自然がすべきことをしているだけだ」
自然や世界に人間が勝手に意思を感じ取ってしまうのは、そうした明らかに手に負えないものを、手中におさめた気になって安心したいからだろうか。
そのために土着の物語が存在するのだろうか。
「人間が感じ取る世界はあまりにも偏り、あまりにも狭い…そして時に意図的なものだ。お前たちは記憶したいものだけを記憶している。多くの記憶には、実は想像から生まれた虚構が入り混じり、発生した事実のないことまでも、人間はその想像力により脳内にありありと再現する」
海と山からの警告が、人の手によって、物語の世界になる。不思議。
