
みっつー
@32CH_books
2026年1月2日
救われてんじゃねえよ
上村裕香
読み終わった
不幸ってなんだろう。
僕はそれがあまり分からないまま、今日まで生きてきた。
もちろん、嫌な目に遭った日もあったし、今日はなんて運が悪いのだろうと言う日もあった。
カバンの中に虫を入れられた時、廊下を走り回って先生から怒られた時、テストのカンニングがバレた時、自転車に轢かれた時、コンビーフについている鍵の形をした道具が欲しくて友達と引っ張りあったら手のひらを深く傷つけて血まみれになった時。
情けなくて、悔しくて、自分が蒔いた種でもあって、そういうことが起こるたび、酷く落ち込んで、今も胸のどこかで燻っている。
誰かのせいにしたり、自己嫌悪に陥ったりした。
数年前に肺気胸という病気を治すための手術をした。
手術自体は滞りなく、というか問題なく終わったのだけれど、その際に胸の辺りに痺れるような痛みがあった。
「この痛みはどのくらいまで続くんですか?」と僕は先生に聞いた。
すると先生は「それはね、20年近く続きます」と言った。
さすがに驚いた。
触れるだけでビリッとくるこれがあと20年も…?
絶望している僕をよそに先生はこう続ける。
「でもね、数ヶ月で慣れます。人間ってなれるんですよ」と言った。
それから数ヶ月で、本当に胸の痺れは無くなった。
けれど今も触れてみると、そこに痺れというか、胸の内側がざらつくような感覚になる。
本当に僕は、胸の痛みに慣れしまったのだ。
これは今日までに僕が感じていた「辛かった過去」にも同じことが言える。
友達にイタズラされたことも、先生に怒られたことも、失恋をしたことも、今となってはただのざらつきになっている。
時々思い出しては少し胸の痛みが復活するけれど、そんなのは大したことはない。
毎日を生きる方がよっぽど、楽しくて、辛くて、やりがいがあるからだ。
上村裕香さんの『救われてんじゃねえよ』を読んだ。
主人公の沙智は、難病に罹ってしまった母を介護しながら高校生としての日々を送っている。
担任の教師が「お家が大変だからみんなもサポートしてやって欲しい」と言えば周りのクラスメイトからは「特別扱いされてるもんね」と言ったような嫌味を言われ、修学旅行には行かないで欲しいと母にせがまれ、障害年金が貰えるとなれば父親が勝手にカメラを買ってきたりする、散々である。
そう、この家族、母親の難病のことだけが問題なのではない。
そもそも、両親共に、性格に難がある。
そんな両親に挟まれながら沙智は母の介護に勤しみ、父のためにご飯を作ったりしているのだ。
しかし、周りから手を差し伸べられたり、心配されたりしても、沙智は両親を見捨てない。
勘違いしてはいけないのは、この小説は家族の美談を書いたものではない。
辛くて、しんどい日々は、この物語が終わった後も続いていく。
けれど、沙智はひたすらにトンネルの奥の光へと歩みを進める。
就職して、色々な大人がいることを知って、考え方を学んで、一つの結論を導き出す。
彼女を可哀想な若者と捉えるか。
自分や家族と向き合った強く気高い女性と捉えるか。
人それぞれだと思うけれど、僕個人としては「そんなの関係ねぇ」と思う。
これはあくまでも彼女、沙智自身の物語だ。
そう感じる。
最後にまた僕の話になってしまうのだけれど、僕は母子家庭で育った。
父とは僕がまだ小さい頃に離婚して離れ離れで暮らすこととなる。
と言っても、たまに会っていたし、遊びに連れて行って貰ったりもしたので、特段悲しくなることはなかった。
それでもやっぱり「父との思い出」は指で数えるほどしかない。
でも、確かに覚えている。
ゲームを初めて買ってくれたのは父だ。
トイザらスで一番下に並んでいた「星のカービィ」のソフトが今も自宅にある。
「はねるのトびら」のDVDを見せてくれた。
これが好きだと父は言っていた。
僕もお笑いが好きになった。
一緒に逆上がりの練習をした。
でも教え方が下手だったのか、教えるやる気があまりにもなかったのか、これに関してはマジで何も覚えてない。
でも、練習に付き合わせて申し訳ないな、と思った記憶だけがある。
一度だけ、母親が迎えにきて、電車に乗って自宅へと帰る時に、僕は泣いた。
今まで父とバイバイしても泣かなかったのに、なぜかその時だけは涙が出た。
特に楽しかったことがあったわけでもない。
その日だけ、いつもと違う何かがあったのか、それを思い出すことは、この先、きっともうない。
人は慣れる。
どんなに痛い思いをしても、辛い思いをしても、今がどうしたってしんどくても、時の流れは止まらない。
忘れようとしなくてもいい、ただ自分の人生を強く生きるイメージを持ち続ける。
不幸は、他の誰かのせいでもないし、自分のせいでもない。
そんな大切なことを沙智に教えてもらったようなそんな気がします。
読み終わった後の、スッキリした感じとモヤっとした感じの残り具合。
これを楽しめるのが小説の醍醐味ですね。

