at19990 "たとえば「自由」はリバティか" 2026年1月3日

at19990
@at19990
2026年1月3日
たとえば「自由」はリバティか
ひたすらに面白い。 本書を読んで、高校のころに習った「自然権」や「社会契約論」といった考え方や、大学で法律を学んだ際の「自由権」や「プライバシー」がはじめの頃すっと理解できなかった原因がわかった思いがした。 学習を進めるうちに「どうも現代の一般的な語用とは違うらしい」と無理やり納得していたのだが、本書はなぜそのようなズレが生じてきたのか、日本語や欧米の各言語、中国語まで語源や用例を広く深く調査し、訳語の変遷も明解に示している点で素晴らしいと感じる。よくこれだけの史料を収集されたな…という驚きしかない。 ときに中国の伝統的な家・宗族の構造、ときに江戸時代の裁判制度に言及しながら背景部分も詳しく解説しており、その部分は特に興味深かった。 また、そのズレがどのような帰結をもたらしていると考えられるのか、最高裁の判例などにも切り込んでいる点はなるほどと思わされた。 「このことから、right(権利)について次のことが言えます。第一に、『自分の権利を尊重してほしいなら、他人の権利も尊重しなければならない』ということになります。自分(たち)についてのみ要求の実現を求め、同じ条件を有する他人については認めないというのでは、筋が通りません。公正ではありません。(略)したがって、他人を思いのままにいじめたり、傷つけたり、殺したりする『right権利』というものはありえません。それは『正義』ではありえないから。(略)平穏に暮らす少数の市民を標的として、『この国を出て行け。出て行かないと酷い目にあわせるぞ』と叫んで恐怖に陥れる『right権利』はありません。(p.69以下)」 この部分は今のいろいろな状況とオーバーラップするように思い印象に残ったのでメモ。 全体として、好奇心を刺激され、願わくばもっと早く出会いたかったとも思える良い一冊だった。
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved