一年とぼける "検証 ナチスは「良いこと」も..." 2026年1月4日

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
「ほら良いこともしたではないか」と主張することに、いったいどれだけの意味があるだろうか。(p.97) 読んだ感想としては上記の引用に尽きる。ナチ政権というのがいかに戦争と差別を前提とした土台に立ったものだったのかが解説されている。掠奪や搾取や排除を前提としなければ成り立たない「良いこと」にわざわざ価値を見出す麻生太郎の様な態度・幼稚さへの拒否の為にも読んで良かった。 また、ナチ政権があらゆる面であらゆる人間を「資材」と見做して大々的に政策を敢行していたという指摘が多数されているが、新自由主義の勃興からテック右派による公共圏の侵害・支配に及んだ現在からすれば、イーロン・マスクを例にとるまでもなくナチへの反省や克服は本当に戦後から現在までになされ続けてきたんだろうか、と考えさせられる。人を「資材」と見做し、「合理化」という非人道性を押し付けると言う意味で、これらは同一の地平なのではないか。 ネットミームにおける 尊敬する人間 アドルフ・ヒトラー(虐殺行為はNO) といった態度は中二病のイキリと見なされて来たが、実社会や政治においては薄らと敷衍し続けて来た態度になってしまっていたのではないか。 直接の行為は無しだけど、実際に「良いこと」はしてたよね、といった甘い理解の下、社会は構築され続けて来てしまったと思わざるを得ない。アメリカにおけるMAGAはもちろん、日本における参政党や高市政権を鑑みればナチスについて学ぶ事が、全く過去から学ぶ事にはならない事が恐ろしく感じる。
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