
敗荷
@sibue_fjodor_
2026年1月6日
読み終わった
「私は私の子どもをもつのではなく、私は私の息子である。息子は私ではないが、それでも私は私の息子である。」という有名な一節の解釈は、筆者が示した、隔時性という断絶を介して自己の非決定性へと繋ぐこと、だけにはとどまらないと私は思う。そこには、所有の関係(包含、集合、あるいはメレオロジー)から脱出し、私と息子の非対称性に賭ける、レヴィナスによる「命懸けの飛躍」が顕われている。
ローゼンツヴァイクの永遠性の概念は、スピノザとも似ているようで似ていない。

