
wakka
@marui
2026年1月6日
働くということ 「能力主義」を超えて
勅使川原真衣
休職しつつ転職活動を始めている私。心がモヤモヤするけど言語化出来ないので、仕事に関する本を何冊か予約してみた。
能力主義に対する問いかけが話の主流らしく、これまで考えたことなかったかも…?と初めは思ったが、よくよく考えてみると現職のモヤモヤにも通ずる話かも。
能力って何なのか。
現職ではチームで仕事する必要があるが、声が大きい人がリーダーのような仕事を取っていくような風潮があった。でも大勢が声が大きくなったら(リーダーをしたい!となったら)チーム内のバランスが崩れたり人間関係が悪化する恐れもあるので、バランス感覚のある人はいつも声の大きい人に遠慮していた部分が少なからずあったように思う。それで声の大きい人から能力?が認められて昇格していくようになるのって本当にチームにとって良いことなのか?チームバランスを考えて遠慮してしまった人は競争社会では負けとされてしまうのか?
この本を読み進めてヒントがあったら良いな!






wakka
@marui
読み進めてると、不平不満が脳に流れてくる…。
評価制度って本当に難しくて、絶対に平等!とはならないもんね。
なんであんなに仕事してないサボりまくりの役職者やパワハラしてる役職者が私より給料が良いんだろうって考えてしまうとモチベーションが消えてしまうから出来るだけ考えないように生きるしか無いのか。
本読んでから感想言おうね。

wakka
@marui
p43〜
他方、もらいが多い側は、それが「正当な競争」の結果であることを、絶えずアピールするきらいもあって、事態は実にややこしい。書店に行くと、いわゆる著名人の『〇〇
力』『武器になる〇〇力』『••する技術』など、著者の分野における「成功」へのハウッ
1本が、「能力」をタイトルにして、しばしば平積みされています。
こんなとき、社会学者で障害学を専門とする星加良司東京大学教授のことばには膝を打ちますー「今社会の中で力を持っている人たちっていうのは、これまでの社会において成功を積み重ねてきた人(中略)......自分が成功してきた理由を自分自身の手柄だと思いたい。自分の資質とか能力とかそういうものに紐づけて理解して肯定的なアイデンティティを形成している。それが実は下駄を履いてたんだ」、と。
どこかの誰かの「成功」が、本人の「能力」に還元されたストーリーを目にするたびに思います。「みんなもこの『能力』を高められるものなら高めてごらんよ。そうしたら僕/私のように華やかな未来が待っているかもね、アデュー」、そんな声をまき散らして、大丈夫なのかと。

wakka
@marui
半期ごとにある評価の半分は能力評価だった。(もう半分は業績評価)
入社したばかりの新人ならともかく、数年働いていると伸ばせる能力って何?となってくるので書くこともマンネリ化していた。
理解力や問題発見力などの項目が決まっていて、自分でその能力に沿った目標も決め、自己評価する。
その作業が面倒でたまらなくて仕事するだけじゃ駄目なのか…?となる一方で、アピールしないと自分の努力を上司に理解してもらえず、ボーナスUPや昇給に繋がらないのでしゃーなし頑張る。という感じ。

wakka
@marui
評価のためにやりたくない勉強をして幾つか資格を取ったのも、この本を読んでたら能力主義に踊らされて自分の大事な時間を無駄にしてたのかな?という気持ちになってきた。
この本は最終的にどういう世界を提示してくれるんだろう。社会主義的なのが正解!!というオチじゃなければ良いな。

wakka
@marui
共感できる点
この世は階級社会から能力主義社会に変容したように見えて、結局のところは階級社会(生まれた時の環境など)によって得られるものが変わる。能力主義はそれを隠しているだけ。というような主張については概ね肯定できると感じた。