内田紗世 "黄色い家" 2023年4月2日

黄色い家
黄色い家
川上未映子
 川上未映子『黄色い家』面白い。5日間で一気に読んだ。  主人公伊藤花は女子高校生。東村山の文化住宅に母親と暮らす。花は貧乏で友達もおらずファミレスのバイトに励みお金を貯め家をでる目標があったがトラブルで崩れ徐々に人生の方向を狂わせていく。  花が貧乏なのは花自身のせいではなかった。世の中には金持ちと貧乏人がいて、金持ちは自分の努力なんかではなく親やその親の、もっと前から金持ちで恵まれている。花に一体何の責任があるのか。ヤングケアラー、親に関心を持たれない子ども。貧乏なせいでクラスメイトからは疎まれる。社会に居場所がない。そんな花が一筋の光を見た時、それに向かって突き進むのは当然である。自分も「普通に」生きたい。その日暮らしの人間が子供を産むべきではなかった、貧乏な同級生を笑ってはいけません、高校を辞めないで卒業するべきだ。どれも一般論で花には空論でしかない。  花はするすると犯罪に手を染めていく。大人達が子供を騙すのなんて容易い。花は本来弱者を騙し搾取する側を恨んでいたはずだった。しかし周りに止めてくれる人はいないどころか、自分が立ち上がらなければいけない現実に足を掴まれていた。だってーー口座から何十万減っても気付かないようなお気楽に暮らす奴からいくらか貰ったところで何が問題なのだろう。そうするしかない。そうしなければ生きていけないのにモラルなんて。  ヴィヴとヨンスも犯罪者だ。ヨンスは花に「金の成る木だと人に思われるな」と釘を刺すが、その実ヨンス自身も花を利用していく。花が安易にヴィヴに自らの生い立ちを話したとき、ヨンスの言葉を忘れたのか?絶対そんなこと言っちゃだめだと読者は思うが、花に忠告してくれる人はいない。だから金の成る木となる。一方、誰よりも2人は花の味方でもあった。だって花は2人がいなければ暮らしていけないのだから。利用し、利用され、でも目標は同じ。真面目で責任感の強い花が仕事に誇りを持つのも自然な流れだ。  花は母のケアラーとしての役割を脱したはずだが、代わりに黄美子を守ってやる。蘭と桃子も花に寄りかかる。重心がズレ、子供には抱えきれない負担が黄色い家を壊す。花が道を間違えていることがこちらには分かる。絶対仲間を増やしちゃだめだ。このことは誰にも言っちゃいけなかった。本当に相手を信用できる?だから壊れたときもそうなると思ってた。ヴィヴだって分かってたはずだ。シャボン玉がはじけるまで何秒持つか、それくらいの短い刹那的な価値しかない。誰が何を責められるだろう。家があり親がおり食べるものに困らないような人間が彼らの何を分かるだろう。自分のお小遣い欲しさに悪知恵をつけて犯罪をしているわけじゃない。  仮に定職について暮らすことが普通だとしたら、定職につけなかったのは花のせいではない。普通に暮らして普通に就職できる人と同じように花にとっての普通が犯罪だった。善悪の判断ができない。それは生まれ持った知能のせいかもしれないし環境のせいかもしれない。人と関係を上手く築けないのも経験値の低さゆえかもしれない。そもそも善悪とは何なのか自分にも分からない。犯罪に手を染めず生きる方法があるなら花だってそうしただろう。詐欺で大金を得るなんてと蔑んだって馬鹿にしたって良いけれど、この物語が自分の話だったかもしれないことを、まざまざと突きつけられる思いがした。
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