綾鷹
@ayataka
2026年1月7日
バッタを倒しにアフリカへ
前野ウルド浩太郎
昆虫学者を目指す著者が、農作物を食い荒らす「サバクトビバッタ」の大発生を防ぐため、アフリカ・モーリタニアへ渡り、過酷な環境や困難に直面しながら、研究に奮闘する姿を描いた科学冒険ノンフィクション
「酒を主食にする人々」を読んだ時も思ったが、
フィールドワークのノンフィクションは面白い!
特に干ばつでバッタが見つからず、
代わりにゴミダマの研究をする場面がよかった。
容器を皿を合わせて工作したり、ゴミダマの活動記録のために砂漠の砂を使ったり、ゴミダマの寝床として水道用のパイプを使ったり、ハリネズミを捕まえたり...研究者というと研究所で最新設備を使って研究するイメージだが、限られたリソースの中で試行錯誤し、形にしていく様子は「どんな状況でもできないことはない」という前向きさを感じた。
著者のバッタ研究への強い思いがあるからこそ、周りもサポートしてくれる。ババ所長、相棒ティジャニとの関係性は心が暖かくなった。著者の周りへ感謝する姿勢も素敵。著者に感情移入して、松本総長との面接のシーンでは私が泣いてしまった。
全体を通して、笑えて、感動して、前向きになれる本だった。
P188
以前の自分も含め、大勢の若い研究者はパソコンの前で、オフィスの中で研究している。
自然を理解せずに生物学を勉強することが、どれだけ多くの危険に満ちていることか。気をつけなければならないと強く感じた。ハロウは私に自然の大切さを教えに来てくれた、砂漠からの使者だったのだ。
P227
ティジャニが大喜びで私を迎え入れてくれた。不在中、研究所の他の職員たちから、「コータローはもう戻ってこないぜ。フランスがコータローを奪ったんだ」と言われ、肩身が狭かったそうだ。
ティジャニは「いや、コータローはバッタが重要だから、モーリタニアでバッタが出たらすぐに戻ってくるはずだ」と言い張っていたので、実際に私が帰ってきたときには、同僚たちに「ほらみろ」と勝ち誇ったそうだ。
前「いつでもミッションに行ける?」
テ「ウィー!そう言うと思って車の整備は終わらせておいた」
バッタが続々とモーリタニアに戻ってきていた。運命の第2ラウンド開始である。この闘いで、なんとしても結果を残さなければ、昆虫学者を続けるための次のポストを獲得できない。人生を決する正念場を迎えていた。
P262
ババ所長は、私の行く末をずっと気にかけてくださっていた。
「なぜ日本はコータローを支援しないんだ?こんなにヤル気があり、しかも論文もたくさんもっていて就職できないなんて。バッタの被害が出たとき、日本政府は数億円も援助してくれるのに、なぜ日本の若い研究者には支援しないのか?何も数億円を支援しろと言っているわけじゃなくて、その十分の一だけでもコータローの研究費に回ったら、どれだけ進展するのか。コータローの価値をわかってないのか?」大げさに評価してくれているのはわかっていたが、自分の存在価値を見出してくれる人が一人でもいてくれることは、大きな救いになった。
P299
今年で5期目となる白眉プロジェクト。一人で何百人もの面接をしてきた中で、松本総長にとって、初めてモーリタニアから来た面接者だったのだろう。
「前野さんは、モーリタニアは何年目ですか?」という素朴な質問が来た。
「今年が3年目です」
それまではメモをとったら、すぐに次の質問に移っていた総長が、はっと顔を上げ、こちらを見つめてきた。
「過酷な環境で生活し、研究するのは本当に困難なことだと思います。私は一人の人間として、あなたに感謝します」
危うく泣きそうになった。まだ何も成果を上げていないから、人様に感謝される段階ではないが、自分なりにつらい思いをしてきており、それを京大の総長が見抜き、労をねぎらってくださるなんて。ずっとこらえていたものが決壊しそうになった。泣くのをこらえて、その後の質問に答えるのはきついものがあった。
なんとスケールの大きい感謝だろうか。世界を我が身の如く捉えていなければ、こんな感謝ができるはずはない。ましてや京大の総長が一介のポスドクに、面接の場で。ご自身が大きな視野を持ち、数多くの困難を経験していなければ、このような大きな感性は身につかないはずだ。京大の総長ともなると次元が違う。


