カミーノアン "わかったつもり" 2026年1月7日

わかったつもり
文章を読むとはどういうことなのかを改めて考えさせられた。私たちは文章そのものを読んでいるつもりで、実際には文脈や単語同士の関係、そしてそれらについての自分なりの理解を無意識に整理しながら読み進めている。読書とは受け身の行為ではなく、常に頭の中で意味を組み立てる作業なのだと気づかされた。 特に印象的だったのは、「わかったつもり」が理解を止めてしまうという指摘である。一度わかったと思うと、それ以上考えなくなり、自分が何を理解していないのかすら見えなくなる。これは授業を受けているときにもよくある感覚で、教え方が上手なほど、その落とし穴に陥りやすいのかもしれない。 本書が示すように、「わかる」から「よりわかる」へ進むためには、疑問や違和感をそのままにせず、自分の言葉で説明し直す姿勢が欠かせない。初学者ほどそれは難しいが、「わかったつもり」を疑う意識を持ち続けたいと思った。
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読書とは書き手と読み手の相互編集
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という意味なのかなと思いました。
カミーノアン
カミーノアン
@kaminoan3699
まさにそうですね、読書は能動的な営みだから楽しいのだとつくづく思いました。
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