はに "侍女の物語" 2026年1月30日

はに
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@828282chan
2026年1月30日
侍女の物語
侍女の物語
マーガレット・アトウッド
クーデターをきっかけに、宗教的な全体主義体制となった国が舞台。軍事独裁政権により、みるみるうちに人々の自由が抑圧されていく。シームレスに社会が様変わりしていく過程は、現実からほんの数歩ずれた先にこのような世界があり得ることを想像させられ、恐ろしい気分になった。 出生率が激減した社会で、人口増加を大義とした政策のために、出産適齢期の女性は『侍女』として特権階級の男性(司令官)にあてがわれる。女性は性的自由を完全に奪われ、子を産むための道具としかみなされない。生殖行為は儀式として執り行われ、一切のエロスは排除されている。当事者の司令官・司令官の妻・侍女の三者全員が、尊厳を削られながら役割を全うする。……出生率を上げることを命題としながら、こんなふうにギチギチに生殖を管理して、本当に効果があるのか?機会を制限しすぎるのは非合理的では?と、私は疑問に思う。儀式は性に対して潔癖な宗教的意義があるのだと思うが、信仰心がなければただ異常で倒錯的な行為だ。 この作品で印象的なのは、女性たちが身にまとう衣装の鮮やかな色だ。身分により色が区別されている。侍女たちが身にまとうのは、赤だ。血の色。生命の色。そこに、顔を隠す白い翼を頭につける。侍女たちが揃いの衣装を身につけた集会の場面は、映像的にゾッとするようなインパクトがある。 この物語は、主人公の侍女・オブフレッドの視点で語られる。彼女は状況を冷静に理解し、内に秘めた静かな逞しさで、環境に適応しながら生き延びていく。声高な抵抗を選ばない彼女のあり方に、選択の余地がない逼迫した状況のリアリティを感じる。 私が好きなのは、司令官とオブフレッドの秘密の逢瀬のシーンだ。司令官の支配者的な目線と、それを自覚するオブフレッド。ふたりのやり取りには独特のエロティシズムが漂う。このシーンの官能的な描写は、儀式で行われる性行為の無味乾燥な描写と対になっているように思う。性行為の享楽的な側面がすっかり失われてしまった世界であることを、再認識させられる。 “司令官はわたしが読んでいる姿を座ったまま観察している。よけいなことを言わないけれど、わたしから目を離しもしない。この観察は奇妙な種類の性行為だ。そして見つめられているあいだ、わたしは自分が裸になったような気がする。彼が背を向けたり、部屋をぶらつきまわったり、自分でも何かを読んでくれたらいいのにと思う。そうすれば、もっとリラックスして好きなペースで読むことができるかもしれない。じっさいには、この禁断の読書はまるで一種のパフォーマンスのようだ。”(p.271) 後半にいくにつれ、誰が味方で誰が敵なのか予想がつかず、物語がスリリングに展開していく。救いのある展開と思いきや「こうだったらよかったのに」という妄想も挟み込まれて、ハラハラさせられた。長い物語だと思っていたけれど、気づけば夢中で読んでしまった。そして、こんな不自由な世界が現実にならなければいいな、と切に願う。
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