
はに
@828282chan
2026年1月8日
生命式
村田沙耶香
買った
読み終わった
◆生命式
『キッチン』(吉本ばなな)を読み終えて「食べることは人間の生(セイ)の源だなあ」としみじみ感じながら、次にこの本を読み始めた。
表題作の『生命式』では、死んだ人間を食べて受精のための行為をするのが常識になった世界が描かれている。『キッチン』と全く違う内容なのに、同じ感想が頭に浮かんできてしまい、奇妙な気持ちになった。
死んだ友人や知人の肉を調理して食べる描写は、ストレートにグロいものがある。精肉された山本、という字面のインパクト。それを、温度を感じる明るい食事の場面として描いている。その不気味たるや。ただ、生命式の意義が登場人物から口々に語られるのを読んでいくと、不思議と、そういうものかぁ、と思えてくる。なんだか、常識改変の洗脳を受けているみたいな気分になった。
“本能なんてこの世にはないんだ。倫理だってない。変容し続けている世界から与えられた、偽りの感覚なんだ。”(p.19)
「この世で唯一の、許される発狂を正常と呼ぶ」(p.40)という台詞があった。いま正常とされていることも、いつかは異常とみなされるときがくるのかもしれない。
◆素敵な素材
こちらも常識がまるで違う世界。「死んだ人の身体を無駄にしないように活用し、いずれ自分の肉体もリサイクルされて、道具として使われていく。素晴らしいことじゃない。道具として使える部分がいっぱいあるのに捨ててしまうなんて、そんな勿体ないことをするほうが、ずっと死への冒涜だと思うわ」(p.51)という堂々たる主張に圧倒される。言われてみればそうかも?という気すらしてくる。死者に対する本能的な畏怖の念とか倫理規範とか、そういうものだと思って疑う余地のない領域を、軽やかにひっくり返してみせられる。
◆素晴らしい食卓
登場人物みんな、ぶっ飛んでいる。最初、妹だけがぶっ飛んでいると思わせて、結局全員ぶっ飛んでいる。架空の固有名詞の響きが楽しい。魔界都市ドゥンディラス。ハッピーフューチャーフード。ストーリーのテンポがいい。食とは、社会や個人の価値観が色濃く反映されるものだと改めて気づかされる。
◆ポチ
女子小学生ふたりが壊れたおじさんをペットにする話。女児ふたりの甘やかな友愛の機微と、首輪をつけられ「ニジマデニシアゲテクレ」と鳴くおじさんの不気味さ。そのコントラストがえげつない。
◆かぜのこいびと
男の子と女の子とカーテンの三角関係。まさかのカーテンの視点でストーリーが進む。設定があまりに特殊なので、ところどころ、ん?どういうこと?とつっかえながら読んだ。奇妙なシチュエーションなのに、不思議な爽やかさがある。
◆魔法のからだ
思春期と性の話。性的な欲求について、周囲の価値観に流されず、自分と相手をただ真っ直ぐ見つめる誌穂の純粋さが眩しい。
“ううん。二人で二人だけのキスをつくったの。後になってから、本で、他の人もそうやってするんだって知ったとき、ちょっとほっとしたけど、がっかりもしたなあ。私と陽太だけの発明だと思ったんだもん”(p.122)
“……私たちの快楽は私たちのもの、あなたたちの快楽もあなたたちのもの、私たちは私たちの快楽を発見する、快楽を裏切らない、私たちは私たちのからだを裏切らない……”(p.127)
◆街を食べる
田舎育ちの女性が大人になって都会で生活を始め、野菜が苦手になったことに気づく。そこで野草を摘んで食べ始めるようになり、「自然」な食に傾倒していく話。不気味なのが、主人公の理奈は自分の行動が徐々に常軌を逸していることに自覚があり、同僚の雪ちゃんに変だと思われないよう、雪ちゃんの価値観を自分と同じに染め上げようと考えているところだ。
“拒否反応を示されないようにこちらの「自然」に引きずり込むのだ。そのためには、彼女を驚かせるのではなく、相手の今もっている常識に基づいた感覚をあえて大切にして、愛撫でもするように彼女の共感を撫で回しながら、ゆっくり、ゆっくり、こちらの世界へ引き込む必要があるのだ。雪ちゃんにはもうたっぷりこちら側の生理感覚を染み込ませてある筈だ。もっと、もっと、溢れそうになるまで彼女を浸すのだ。”(p.202)
これに続くp.203の全てひらがなで書かれた台詞にはゾクッとした。
◾️全体を通して
この短編集は、自分のなかにある正常と異常の境界線を、じわっと曖昧にさせられる作品が多かった。最初は異様だと感じていたはずのことも、それが当たり前であるかのように堂々と言葉にされ続けるうちに、まあ一理あるかもしれない、と思えてきてしまう。洗脳って、きっとこんなふうに、知らず知らずのうちに常識が塗り替えられていくものなのかな、などと考える。