
匙
@sajisann
2026年1月8日
いつもおなじ雪といつもおなじおじさん ヘルタ・ミュラー エッセイ集
ヘルタ・ミュラー,
新本史斉
読んでる
“数年前にキェシロフスキの『デカローグ』の一話である『死についてのショートフィルム』が上映されたとき、わたしはドイツの批評家らの映画評で、映画の主人公は朝には鞄のなかに紐を入れていた、つまり最初から殺すつもりだったのだ、と論じられているのを読みました。しかしどこまでも機能していない国に生まれると、三〇年にわたって、さまざまな持ち運びやすい事物を当然のように鞄に入れて、あちらこちらに持ち歩くことになります。紐はそうした、世界を機能させてくれる事物のひとつなのです。(中略)紐は後々必要になろう行為にとってのユニバーサルな構成要素なのです。それは朝にはまだわかりません、その日一日、紐が何になるのかは、その瞬間がやってきてはじめて決まります。”
「誰かがしかし姿を消すと、小犬がしかし泡からそびえたつ オスカー・パスティオールのありきたりではないありきたり」



