いつもおなじ雪といつもおなじおじさん ヘルタ・ミュラー エッセイ集
9件の記録
匙@sajisann2026年1月8日読んでる“数年前にキェシロフスキの『デカローグ』の一話である『死についてのショートフィルム』が上映されたとき、わたしはドイツの批評家らの映画評で、映画の主人公は朝には鞄のなかに紐を入れていた、つまり最初から殺すつもりだったのだ、と論じられているのを読みました。しかしどこまでも機能していない国に生まれると、三〇年にわたって、さまざまな持ち運びやすい事物を当然のように鞄に入れて、あちらこちらに持ち歩くことになります。紐はそうした、世界を機能させてくれる事物のひとつなのです。(中略)紐は後々必要になろう行為にとってのユニバーサルな構成要素なのです。それは朝にはまだわかりません、その日一日、紐が何になるのかは、その瞬間がやってきてはじめて決まります。” 「誰かがしかし姿を消すと、小犬がしかし泡からそびえたつ オスカー・パスティオールのありきたりではないありきたり」



匙@sajisann2026年1月5日読んでる“死んだばかりのものを院内に残して出ると、通りではハンカチ大の切れはしがばさばさと――と言うほかありません、ひらひらするのは小さな雪ひらです――降りはじめました。この雪にわたしは吐き気を覚えました、このハンカチばさばさには眩量がしました、わたしはひたすら地面ばかりを見つめ、足先の靴を見ながらも足なしで、そう、まるで眼が靴を履いているみたいに歩んでいきました。雪降りしきるなかでわかったのは、この死の日が、わたしの子ども時代を投げ散らしているということでした。” 「図体はこんなに大きく、モーターはこんなに小さい」





