みっつー "エレガントな毒の吐き方 脳科..." 2026年1月9日

エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術
あなたは相手に直接毒を吹きかけるタイプですか? それとも、相手が理解できるかどうか微妙なラインの言葉を遅行毒のように与えるタイプですか? まぁ出来ることなら、そもそも毒とは無縁で生きて行きたいと思うのが常であると僕は思うのだけれど、そうは問屋が卸さない。 職場の上司の嫌味を言われれば、給湯室で同僚と愚痴るだろうし、パワータイプの人間であれば直接上司にカウンターを交わすだろう、拳で。 他にも世の中には毒を溜めやすい場所が至る所に存在している。 スーパー、映画館、書店、電車の中、学校、有名な観光地、マニアックな観光地、電気屋、愛想の悪いコーヒー屋、愛想の悪いラーメン屋、MacBookユーザーの方が偉いとされるカフェ、ドリンクバーと山盛りポテトフライだけで4時間近く居座り続けることができるファミレス、絶対に席は譲らないという強い意志を持ってママ友たちと交代交代でトイレや買い物を済ませようとしているフードコート、自宅、などなど。 我々は毒沼の中を生きていると言っても過言ではない。 なんなら毒から逃げることは不可能という見方をしても良いのかもしれない。 しかし、もっと身近に毒を感じる場所が今みなさんがお持ちのスマートフォンにもあるではないですか。 そう、SNSである。 昨今のSNSによる毒沼はなんかもうすごい事になっている。 毒をもって毒で制すのは当たり前で、毒をもって毒で制したあとにもう一回毒で制してくることもあれば、急に別の味の毒をもってくる人まで現れる。別の味の毒に関しては、1トピック、1ポイズンであれよ。 反町隆史もドン引きレベルの誹謗中傷や、謂れのない悪意が充満し、それを擁護しようものなら、その人にもまた石が投げつけられる。 怖い世の中になったものである。 とはいえ、毒要素が多い現代だからこそ、毒を吐く場所というのはある程度必要なのだと思う。 なんでも制限すればいいってものでもない。 言論の自由だとか、声をあげないと世の中は変わらない!みたいな意見ではなくて、やり方や、言い方みたいなものを見直すことはできるはずだ。 中野信子さんの『エレガントな毒の吐き方』という本を読んだ。 この本では「帰って欲しいお客様にはぶぶ漬けを出す」で有名な京都の方の言い回しを研究対象として、相手に物事を伝えたい時、どのような言い方をすればこの場を丸く収めることができるか、というのを主題としている。 先に書いたように現代のSNSでは「YES」か「NO」があまりにも跳梁跋扈している。「正義」と「悪」と言ってもいいかもしれない。 どちらにしても強すぎる意見というのは不毛な争いしか生まない。 その先の解決に何を求めているのだろうか。 相手を言い負かして気持ちよくなりたいだけなのではないだろうか。 時には多くを語らずに身を引いたり、相手にあとからジワジワとダメージを与える遅行毒のような言葉を投げかけて立ち去ってもいいのではないだろうか。 この本によれば、もとより東京ではハッキリとした物言いが、京都では婉曲な言い回しが多いという歴史があるらしい。 それは東京は比較的に言えばまだ歴史の浅い土地であり、色んなタイプの人が入り混じる流動的な場所であったことと関係していて、その場限りの関係であることも多いことからハッキリとしたコミュニケーションの方が話を円滑に進めやすいという利点があった。 逆に京都は歴史が長く、何代にも渡って同じ場所にその一族が暮らすということも珍しくはないという。 つまるところ、ご近所付き合いである。 ご近所付き合いが上手くいかないことでの弊害は予想に難くないだろう。 息子・娘の出来不出来についての嫌味を言われたり、燃えるゴミを出せば袋の中にビンを混ぜられて玄関に戻されたり、駐車場のシャッターに「バカ息子」と書かれたりする。 最後は長嶋家以外では聞いたことないけれど、このようにご近所付き合いを大事にしていないと生活や精神に支障をきたすことは請け合いである。 こう言ったトラブルを回避するための「言い回し」がいわゆる“京言葉”と言われる所以であると書かれている。 会いたくない相手に予定を聞かれれば「また空いた時に連絡しますね♪」と言い、汚い部屋を片付けて欲しい時には「風通しがいい部屋は風水的によろしいらしいですよ?」と言い放つ。 確かにこれらの言い回しに気付かされると、普通に注意されるよりも怖い気がする。 しかも京都の人たちはこう言った皮肉に気づかなかったとしても特に気にしないという。 それはむしろ「この人は皮肉が通じない人だ」というレッテルを貼り付けて自分が優位に立てているという感覚になるらしい。 もちろん全員が全員そういう人たちではないと思うけれど、歴史的背景からトラブル回避、リスク回避の技として“京言葉”があるというのはとても面白いと感じた。 僕ももし、圧倒的な悪意を含む言葉が投げかけられたらエレガントに回避したいと思う。 「お前の動画面白くねぇんだよ!」の言われたら、 「あら、オモロない動画にまで目を通してはるなんて、随分勉強熱心な方どすねぇ」 と、返したい。 多分だけど京都弁である必要はない。
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