きくへい "イン・ザ・メガチャーチ" 2026年1月9日

イン・ザ・メガチャーチ
「これを小説と言ってよいのだろうか」と思いながら、読み進めていた。 物語のために文章があるというよりも、主張を伝える手段として物語を利用しているという側面が非常に強い文章だからだ(ザ・ゴールみたいなビジネス小説に近い)。 推し活の構造、陰謀論にハマる心理、中年男性の孤独とケアの問題、家族愛の不在といった社会の仕組みや問題を伝えるための器として物語が使われている。説明は非常に丁寧で、因果の糸によって全体が明確につながって、読みやすい。味噌汁の味噌を溶かすモチーフが、脳みそが溶けていく様子のメタファーとして機能している点など、小説的技巧も効果的に用いながら、情報が論文のように整理されて、非常に構築的な文章になっている。主張は明確で、情報を読者に伝えるという点においては極めて親切な構成である。 一方で、因果関係があまりに単純で、慶彦、澄香、絢子がそれぞれの世界にハマっていく過程に説得力を感じられず、現実離れした印象を受けた。その結果、小説世界に深く入り込むことができなかった。孤独や貧困、居場所のなさが、推し活や陰謀論、中年男性の暴走に直接的につながるという描写は、さすがに単線的に過ぎる。 文章としては最高に面白かったが、小説としてはイマイチ、というのが妥当な評価ではないか。もっとも、著者自身もこれを純粋な小説として評価してほしいとは思っていないのではないか。文章として最高に面白い、それこそが全てで良いのだと思う。物語を使って人を心理的に操作するというのはこの本が言っているそのものだ。 文章テクニックとして良かった点がひとつ。会話シーンにおいて相手は話しかけているが、話しかけられている本人はその言葉を聞いておらず、別のことを考えている、という場面が複数回登場する。これは非常にうまい使い方だと思う。相手の会話によって物語に必要な背景情報を伝えつつ、セルフトークが物語を強烈にドライブしていく。 結論として、小説かどうかはどうでもいい。面白かった。 ただ、こんなもん読んだだけで推し活や陰謀論が分かったつもりになってはいけない。あれはもっと根深い。あと、中年の暴走が一番怖い。それは非常に共感。中年は気をつけよう。
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