
あんどん書房
@andn
2025年12月31日
文学は何の役に立つのか?
平野啓一郎
読み終わった
冒頭に収録されている表題の講演と、様々な媒体で発表された批評・エッセイがまとまった一冊。
講演では「人は皆自分の悩みに価値があると思っていないので、ちょっと憧れるような登場人物とか立派な人の中に共感を見出すと、心地良く共感できる」(P27)といった興味深い話もいろいろありつつ、特に印象に残ったのが後半の不幸を「機因化」してしまうという問題。
貧困を描いた作品が当事者にとって救いになるかもしれないが、それは一方で現状の肯定に繋がってしまうのではないか…というようなことだと思う。これは「生きてるだけでいいんだよ」みたいな言説にありがちなやつだ。その言葉が必要な時もあれば、それだけ(最低限の生存)で満足ってわけじゃないでしょ?という時もある。
これは東畑さんの「贅沢な悩み」ともリンクする話だなぁ。
そこから軽めのエッセイを挟みつつ、ドストエフスキー論や三島由紀夫論など骨太な批評が並んでいる。
ドスト論はさすがに読んでいないとなかなか理解できない。「分人」が現れている登場人物もいれば、ほとんど分化できない姿で描かれる人物もいる、みたいなところがあるのはわかった。
続いての「三島戯曲の世界」も三島を読んでないのでほーん…という感じで読んでしまうが、戦後日本人に海外旅行が解禁されたのが1964年というのを初めて知った。オリンピックなんかより全然重大事項じゃないか。
追悼エッセイ「瀬戸内文学の再評価に向けて」では、日本の文壇の男性中心主義批判や瀬戸内作品のフェミニズム的批評の必要性が指摘されている。ここを読んでいて、確かに自分の中でもフェミニズム文学っていうとどうしても現代作家ばかりイメージしてしまうなぁと思った。現代に至るまでの女性作家の作品がすっぽり抜け落ちている。読まなきゃなぁ。
“私たちは、瀬戸内さんのケータイ小説などの取り組みを、単なる新しいもの好き、と見るのではなく、この枠組みを踏まえた上で評価する必要がある。”
(P189)
女性の性という主題から、評伝の仕事を通して「社会道徳と自由及び欲望とな軋轢」の探究に至る。やがて宗教との出会いから「個と社会変革、個と魂の救済」という瀬戸内文学の骨格が完成してゆく…というように平野さんは整理されている。
やはり一時期だけ見て作家を理解するのじゃなくて、ライフヒストリーも踏まえて見ていく必要があるんだなぁ。
『オッペンハイマー』論は特に気合い入ってる感じがしたが、依頼原稿ではなく本人の希望で書かれたものらしい。被爆国である日本から見るとモヤモヤしてしまうであろう作品でありながら、ノーラン監督がいかに原作にはない要素で批判的視点を加えようとしたのか、というのが興味深い。また最終的にオッペンハイマーとの対比で林京子の作品に触れているのがさすが作家だと思う。
ノーラン作品全体に共通する時系列のあり方についても解説されてあて、観ていないのでネタバレも多少あるものの、でもこの複雑さは初見じゃ理解できなかろうなぁと思った。
本文書体:リュウミンオールド
